コドラ

コドラ――1話


 キビキたちが全員でゲンの家に向かって走っていく最中にも、青い炎は酔いどれ森のあちこちに飛び火していく。

 その炎の色はキビキの目に、いつもより淀んで見えた。

 そしてどういう訳か青い炎に触れた獣たちは雄叫びを上げ、魔物石が飛び交いあちこちで魔物が生まれる。

 酔いどれ森はあっという間に混戦の場となった。

 どうにか全員でゲンの家に着くと、ゲンは大量の武器を用意して待っていた。


「来たか」

「ゲン! 葡萄酒の湖の所の地面から青い炎が噴き出して大変なんだ!」

 キビキが息せき切って訴えると、ゲンは「分かってる」と言った。

「いつもの青い炎とは魔素の様子が違う。いつもの炎がきれいな上澄み液なら、これは水底のヘドロだ。何が起きるか分からんから触れるなよ」

「分かってるけど、どんどん凶暴な魔物が生まれてるんだ! それに、地下に大量の魔物石があるのも見てきた。たぶん、魔物を倒しても意味がない」


 そしてキビキは、アワタとモロコと三人で見てきた話しをした。ゲンは姿を見せないコドラの事や水晶の鳥居の事まで聞くと、腕を組んで考え込む。

「地下への階段か。そういえば、この森に来たばかりの頃にはあったな。なぜ今まで忘れていたんだ……?」

 音のやんだ室内に、喉が擦り切れそうな魔物たちの吼え声が聞こえている。

 地鳴りがし、青暗い炎が窓に迫る。


「早く何とかしないと、アタイなんてぺっちゃんこだろうさ!」

 モロコが行李を抱きかかえながら言う。

「魔物がどんどん増えているの! とにかく戦わないと大変な事になっちゃう!」

 直してもらった魔術鎧を着こんだ、男姿のヒエイが震えながら言う。

「無闇に動いても何の解決にもならねぇよ。だからここに集まってんだろうが」

 サツマがヒエイを窘める。

「絶対に元凶はあの地下にあります! 乗り込みましょう!」

 光酒でもなんでも飲んでやる、とアワタが息巻く。

「ワシは主の進む道を行くだけじゃ」

 ヨネジが笑った。


「よし。お前ら、ここにある武器を持って行け。この森に来てから俺が作ったもんだ。それ持って湖に向かうぞ。鳥居がアズマ国の物なら、地下に行くのはサツマとヒエイ、それとアワタだ。他は三人の道をつくるぞ」


 ゲンはそう言って斧を担いで外に出る。

 キビキたちがそれを追って外に出ると、そこは青い地獄だった。

 ゴロンゴロンと転がるのは岩か魔物石か。羽ばたくのは逃げる者か襲う者か。

「急ごう」

 キビキは決意を込めて言い、走り出す。


 青い炎を避け魔物を避け、キビキたちは葡萄酒の湖に急ぐ。

 魔物たちは悲痛な表情をし、怯えるように暴れる。けれどキビキたちは、何に怯えているのだろうかと考える暇もない。

 魔物石に取り付かれた木々は体をしならせながら襲い掛かってきた。

 そしてキビキたちがやっとの思いで葡萄酒の湖を囲む林を抜けると、空いた穴からは依然としてゴウゴウと青い炎が上がっている。


「あれか」

 ゲンが眉をひそめる。

「あぁ。けど、あれに飛び込むなんて……」

 キビキが言葉を詰まらせると、アワタは自分が一人で行くと言い出した。

「バカなこと言ってんじゃねぇよ。もし神官が魔物にでもなったら笑えねぇぞ」

 キビキは言いながら、答えの出ている事を考えた。そして溜め息を吐く。


 自分は本物の鬼になってしまうのか?


 そう思うと不安定にもなるけれど、それでもキビキはやっとできた友人たちを守りたいと思った。

 そしてモロコに天馬を呼ぶ笛を渡す。

「これ、アタイにくれるの?」

「おぅ。エルフは獣に好かれるんだろう? 天馬たちの力を借りて来てくれ」

「任してよ!」

 モロコがピューっと笛を吹く。

 それに応えて無数の羽ばたきが聞こえてくる。

 皆が空に意識を向ける。


 その隙を突いてキビキは青炎の柱の中に飛び込んだ。

 背中に投げられる、自分の名を呼ぶ声が嬉しかった。


 キビキは階段を下に向かって駆け下りる。視界が炎に揺らいで見え辛いけれど、ひたすら下に続く階段を下りる。

 けれど、それがだんだんと足が空回るような感覚になる。

 必死で走っているのにふわりふわりと、足が宙に浮いているのではないかと思えてくるのだ。

 そんな時、キビキの耳に声が届き始めた。


『どうか守られますように』

『静まりませ』

『平穏を守る力を人々に』


 ガラスが鳴るような女の声だった。その声はひたすらに平和を祈っている。

 けれど聞いているうちにその言葉が変化し始めた。


『私はいらない子』

『私を忘れないで』

『私だってもっと愛されたかった』


 涙ながらに訴える声を聞きながら、キビキの足はついに前に進まなくなった。まるで海の中を走ろうとでもしているように、青色の炎に溺れる。

 女の声は炎を伝ってキビキの全身に響いて、その波紋が映像を見せる。

 それは夢なのかもしれないとキビキは思った。思ったけれど、そのまま身を委ねる事にする。



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