アワタの事情――4話


 水龍の光酒の体が弾け、その勢いが大岩を砕いた。

 そこには入り口のよりも大きな鳥居があったが、三人は濁流に押し流される。

 キビキはその鳥居の向こうに、とんでもなく大きなコドラを見た気がした。


「この流れに乗って逃げるぞ! ムギに乗れ!」

 そうキビキは叫ぶが、自分自身がムギを捉えられずにいた。

 どんどんと流されてムギから離れていく。もう諦めて流されてしまおうかと思った時、何かに体を横から咥えられた。

「なんだ⁉」


 慌てて見ると、それはラッカの子供だった。まだ人間より少し小さいくらいだが、しっかりと蛙の姿をしている。

 そのラッカの子が、キビキを咥えて必死に濁流を横切るように泳いでいるのだ。


「もうちょっと……!」

 ムギの枝に触れそうな所まで来て、キビキは二人に手を伸ばす。

 アワタもモロコも何とかキビキの手を掴もうとしてくれるが、流れが速くてあと少しが届かない。

 あぁ、今度こそ無理なのだろうと思うのに、ラッカの子もアワタもモロコも諦めない。だからキビキも諦められないのだ。


 すると、ヒョイっと枝が伸びて来た。葉の一枚さえない太い枝は、間違えようもなくキビキが家にしていた古木、ムギのものだ。

 ムギが乗れと、キビキに手を差し伸べたのだ。

 それを頼りになんとかムギの幹に乗り、濁流を流されるキビキとアワタ、モロコにムギ、そしてラッカの子。

 さらにその後ろから、新たな水龍が追いかけて来ていた。

 いや……。いつの間にか、キビキたちは水龍に乗って流されていたのだ。


 キビキたちは水龍の行くがまま、地下をあっちへこっちへと流される。

 水龍は二体だ。キビキたちを乗せているのと、後ろから追ってくる水龍。

「ちょっと! このまま地下を泳がれたらアタイの店舗がめちゃくちゃになっちゃうじゃないのさ!」

 モロコが荒い息を吐きながらも叫ぶ。


「大丈夫だよ。ムギは魔物なんだから。そう簡単に折れたりしないって。でも地下じゃ、下手に攻撃もできねぇな」

 キビキが困っていると、アワタが言う。

「随分と光酒を飲んでしまいましたからね。今なら地上にさえ出れば、僕が雷魔法で一体はなんとか出来ますよ」

「よし、じゃあ後ろの奴を頼んだぞ。ムギ! 何とか地上に誘い出してくれ!」


 ムギに通じたかどうかは分からないけれど、キビキはムギが枝を振って応えてくれた気がした。

 肌を削ぐ勢いの水の中で目を閉じ、必死に耐える。

 アワタが何らかの魔法で大きな岩や何かからは守ってくれているようだった。


 しばらくすると、ようやく湿地帯から地上に飛び出した。

 やってやる、とキビキは水龍の鱗になっている魔物石の一つに手を伸ばす。すると水龍が吠えた。ゴオォ! という滝の落ちるような声だ。

 そして水龍は囲い川へ流れ込み、水を取り込みながら進む。


「キビキさん! この勢いじゃ狙えません!」

 ムギにしがみ付きながらも片手で水晶の短剣を構えるアワタが訴える。

 その後ろからは今ももう一体の水龍が追いかけてきている。そちらの方も囲い川の水を取り込み、段々と大きくなってきている。

 何か方法はないかと思っていると、いつもの岩山が見えた。


「おっ、いい所に出たな。ヨネジ! サツマ! いるか⁉」

 キビキは声を張り上げた。

 すると、岩場で武器を構える二人の姿が見えてくる。その傍らにはあんぐりと口を開けるヒエイの姿も。


「よし、居た!」

 キビキは小躍りしそうなほど嬉しくなり、アワタに「準備しておけ」と言う。

「この水龍の動きを止めてくれ!」

 もう一度、キビキが二人に叫ぶ。すると聞こえたらしい二人が魔法を放った。


 ヨネジが振り上げた杖からはクルミ色の土魔法の光が、サツマは翡翠色の風魔法の光を纏う大剣を構え、飛び上がる。

 パァっと広がる土と風が空中で混ざりあい、丈夫な幕になった。

 二体の龍はそこにぶつかって形が崩れ、たくさんの魔物石を含んだ二つの水球になった。


 青い顔でフラフラとしているアワタが短剣を構えると、そこから太く青白い雷が向こうの水球に向かっていく。

 雷が轟き、砕かれた魔物石と共に光酒が降り注ぐ。

 キビキはそこに、現れては瞬く間に消えていく小さな青い炎の群れを見た。


「じゃあこっちも行くぞ! 爆発するから飛び降りろよ!」

 キビキはそう叫びながら近くの魔物石に手を伸ばした。そして魔素爆発を起こさせる。

 一つが爆ぜると、大きくなりながら次々に広がっていく爆発。

 ラッカの子もアワタも飛び降りた。下では受け止めようと待ってくれているヨネジとサツマ。


「ほら、さっさと飛ぶぞ!」

 キビキはモロコに腕を掴んだ。けれどモロコは叫ぶ。

「冗談じゃないよ! アタイは大事な店舗を見捨てたりしないのさ!」

「なんだと⁉」

 そんな話をしているうちに爆発は大きくなり、キビキとモロコはムギにつかまったまま飛ばされる。

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