アワタの事情――3話

 最初の一本道は何もなく、転がる魔物石の一つすら動く気配がない。

 しばらく真っ直ぐ進むと道は右に曲がっており、それ以外には脇道などもない。

 前はこの道を曲がった先にムギがいたのだ。キビキは息を潜めてそこを曲がった。

 しかし今日はそこにムギの姿はない。代わりにあるのは大岩だった。赤や黄色の宝石を多く含む、寄せ集めて固めたような大岩。それが道を塞いでいるのだ。


「なんだこれ?」

 キビキは首を傾げて大岩に近づいて行く。けれど、近づくにつれて何故か息苦しさを覚える。アワタとモロコを振り返ると、二人も同じようだった。

「こりゃ魔素溜まりだね」

 モロコが後ずさりしながら言った。


「魔素溜まりですか? けれど、それなら蓋をしてはいけないはずですが」

 アワタがモロコに聞く。けれどキビキにはその言葉の意味も分からないので、二人の話に割って入った。

「魔素溜まりって、この向こうに魔素がたくさんあるって事か? それがどうして危ないんだよ?」


「魔素はそれを取り込んだものに不思議な力を与えますが、その性質は水や風と似ているのです。そこが魔素の湧く場所なのか、吹き溜まりなのかは分かりません。けれど集まればそれだけ特異な力を周囲に与えてしまうのです。例えばこの森のように」


 アワタはそう答え、冷や汗を流す。そして、刺激を与えてしまえば何が起こるか分からないと言った。

「私たちではどうにもなりません。ゆっくりと後退しましょう」

「あぁ。なぁ、それって魔素を操る力を持っているドワーフたちなら何とかできるか?」

「そうですね、ここまで魔素が濃いとなんとも……。例えば、百人を超えるドワーフが集まれば可能性はあるでしょう」

「百人……」


 アワタの言葉を、キビキは絶望的な気持ちで聞く。

刺激をせずには大岩は退かせないけれど、魔素を何とかするには百人のドワーフをこの地下に呼ばなければならない。

 そして、全国に散らばるドワーフたちを百人も集める事なんてすぐには難しい。国境を越えなければならず、間に合わない可能性が高いのだ。

 キビキはそれが分かったので、その先にあるだろう地獄絵図を思い浮かべずにはいられない。


「もしかして……酔いどれ森から始まる、百年に一度の大災害って……」

 キビキはサツマの話を思い出して血の気が引いた。

「大災害って何さ? あいたっ!」

 ゆっくりと後ろ向きに道を戻っていたモロコは、何かにつまずいて後ろ向きに転ぶ。

 なんなのさ、とモロコは躓いた物を拾い上げてみると小さな石だった。

 鈍く輝く、赤黒い、魔物石。


「ひぇっ!」


 モロコが驚いて投げた小さな魔物石は、三人の帰り道を塞いでいる大きな壁に当たって跳ね返る。

 それはよく見ると、魔物石が積み上がって壁になっているのだった。

「どうしろって言うんだよ……」

 キビキは戦闘の構えをしたまま動けずに呟いた。

 魔法を使えばそれが刺激になってしまうかもしれない。このままでは襲われ、下手をすれば魔物にされる。

 しかし考える暇もなく、大岩と魔物石の壁に挟まれた空間にどこからともなく光酒が流れ込む。それはまるで矢のように、そして滝のように。


「じっとしてても仕方ない。俺が壁になってる魔物石を壊すから、そこから逃げるぞ」

「しかし……」

「もうそれしか無いだろう」

 怖気づくアワタにキビキが言う。


 その間にも光酒はキビキの胸元まで上がってきている。そしてそれらは、魔物石の一つ一つから溢れているようなのだ。

 魔物石が魔法を使っている、とキビキは気付く。

 地面に足の付かなくなったモロコをアワタに任せ、キビキは淡く輝く光酒の中を泳ぎ魔物石の壁に向かっていく。

 一つ壊し二つ壊す。十、二十。けれどそんな物では逃げられる穴など開かない。


「クソッ! 魔素を爆発させるわけにはいかねぇのか⁉」

「ダメですよ! そんな事をしたらこの辺り一帯が吹き飛びかねません! それどころか、魔素溜まりから強大な魔物が生まれてしまうかもしれないんです!」

 アワタは叫ぶが、溺れるのも時間の問題と言った様子だ。


 なのでキビキは全力で魔物石の壁に突っ込んだ。

 しかしそんな物は数のうちに入らないとばかりに、魔物石たちはキビキの体を覆ってしまう。

 キシキシと全身が悲鳴をあげるのに、キビキは必至で耐える。

 一つ壊しては別の石がそこを補い、また壊す。そんな繰り返しの中にドシン! と振動を感じた。向こう側から突進するようなそれは、糸も容易く魔物石の壁をぶち破る。

 溢れていた光酒がザバン! と流れ出し、三人は地面に流れ落ちる。

 現れたのはムギだ。


「ムギ! お前やっぱり地下にいたのか!」

 キビキはムギの登場に活路を見出すけれど、それが刺激になってしまったようだった。


 流れ出した水。その様子がおかしい事に気が付いたのは、そこに一滴の水も残っていなかったからだった。

 そこにあったはずの浅い光酒の川さえ、無くなってしまっているのだ。


「キビキさん! 上です!」

 アワタの叫び声に慌てて上を向くと、そこには水龍がいた。淡く光る、光酒で形作られた龍。それがすでに魔物なのか、魔法で動かされているのかは分からないけれど。


 水龍は凄い力でキビキを大岩に叩きつける。

 痛みの中で無理やりに目を開けると、魔物石たちは鱗のように水龍にくっついている。

 道は開いた。しかしアワタとモロコは力のあり余ったムギの相手で手一杯だ。

 そしてキビキは、迫りくる水龍の魔物石の一つに触れて魔素を放ち、小さな爆発を起こした。それは水龍の体を覆う無数の魔物石に誘爆を引き起こす。

 それでもほんの少しの声も上げない所を見ると、この水龍は魔物ではないなとキビキは推し量る。

 おそらく魔物は、無数の魔物石自身。

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