アワタの事情――2話

 長い螺旋階段をおりて下に着くと、アワタとモロコは感嘆の声を漏らした。

「地下に光る川が……」

 アワタが膝をつき、光酒に手を伸ばす。

「その酒は魔素が濃いんだ。少し飲むくらいならいいと思うけど、上の飲んだくれ二人には言うなよ? 飲み過ぎると俺みたいになっちまうからな」

 キビキが忠告すると、アワタはウッと手を引っ込める。それを見てキビキが笑った。


「触ったくらいで何か変わったりしねぇよ。何年とか何十年の話だからな」

「あ、あぁ……そうですよね。すみません。しかし地下にこんな所が……」

「おぅ。地下には魔物石も多いんだ。気を付けろよ」

「となると、やはりここは酒の源に最も近い場所なのでしょうね。いつもと違う事はありませんか? 魔物石が多いとか、光酒に含まれる魔素がいつもより多いとか」


 アワタは辺りをキョロキョロしながら聞く。

 けれど地下はどういう訳かいつもより暗く、ふんわりとした光酒の灯りだけでは赤黒い魔物石を見つける事は困難だった。


「おや? お二人さん、お困りだね? そんじゃあ、ちょっと商品を見ていっておくれよ。こんな時にいいキノコがあるからさ」

 モロコが生き生きとして話し、行李から明るいキノコを取り出した。

「光るキノコ?」

 キビキが驚いている横で、アワタは「懐かしいな」と呟いた。

「よく採取できましたね。あの熊、襲って来たでしょう?」

「いいや。熊と一緒にキノコ狩りしてきたよ」

 モロコはへへっと笑う。そしてアワタは、これならよく見えると言った。


「よく見えるって言ったって、光酒と似たり寄ったりな淡い光じゃないか」

 そう言いながらキビキは首を傾げる。

「あぁ。キノコの笠を指ではじくと明るくなるんですよ」

 そう言いながらアワタがポンと指ではじくと、小さなキノコは煌々と光を放ち始めた。

「おぉ! すごいな!」

 キビキが声を上げると、モロコはここぞとばかりに身を乗り出す。


「そうだろう? これはちょっといい値段するのさ。でも今回はタダであげるよ」

「モロコがタダでくれるって? それは不味いだろう。俺たちに何をさせようってんだ?」

「いやいや、ちょっと開店まで人手が欲しいだけなのさ」

「まぁ、それぐらいなら。俺はもう手伝わされてるしな」

 キビキが返事をすると、アワタも「構わない」と頷く。

「そりゃあ有り難いねぇ。じゃあ二人で魔物ムギ退治と商品集めをよろしく頼むよ」


 モロコが笑うのを見ながら、キビキはしまったと後悔した。まさか商品集めまでやらされるとは思ってもいなかったのだ。

「仕方ないなぁ。そういやヒエイが、この地下にある宝石は人間たちの間で高く売れるって言ってたな」

「それいいじゃないか! 魔物石の調査も出来て商品も集まるなんて。さぁ、やろう!」

 そうしてモロコはどこから出したのか、つるはしを片手に手近な壁に突っ込んでいく。

 しかし、すぐに悲鳴をあげて尻もちをついた。


「どうした⁉」

「な……なんか動いた! 灯り、灯り!」

 モロコに言われて光キノコで壁を照らすと、そこには生まれたばかりらしい小さな魔物石がびっしりと張り付いていた。

 照らして見てみると、壁にはおびただしい数の魔物石が蠢いている。


「こんな事は百五十年いるけど……初めてだ」

 キビキは言いながら、上へ戻ろうと二人に言った。

「いいえ、異常事態ならば調べなければなりません。どこか、酒の湧く場所に心当たりはありませんか?」

 アワタに聞かれ、キビキはヒエイとここに来た時の事を思い出していた。


 地下の川の本流から枝分かれした、足首ほどまでしかない浅く広い支流。そこにあった水晶の鳥居とその先の神域。

 あの時は結局ムギに出会ってしまってその先には行けなかったけれど、何かがあるのならコドラの隠したがっていたその先ではないかと、キビキは考えた。


「水晶の鳥居があるんだ。それはアズマ国では神域に使う鳥居らしいんだけど」

「こんな閉ざされた地下に神域ですか……。神官や巫女がたびたび出入りしているという事はないのですね?」

 アワタは訝し気に聞く。

「あぁ。無いな」

「では、もう神域としての効力は無くなっているでしょう。けれど酒の源としては有力です。そこへ行ってみましょう」


 そしてキビキたちは浅い川の中をピチャン、ピチャンと歩いて行き、水晶の鳥居をくぐる。

 すると、川の流れに逆らって青い火の玉がゆらゆらと水面を滑ってキビキたちの方へと向かって来る。いつも命の終わりにどこからともなく燃え上がる炎だ。


「この炎も神域から……。やはり怪しいですね。あ、モロコさん。その炎に触れないで下さいね。記憶を持って行かれる事がありますから」

 アワタはさらりと言う。しかしキビキは驚いて声を上げた。


「この炎が記憶を持っていくのか? そんな話は聞いた事ないぞ。ただ、あの炎に触れる事は森の命を愚弄する行為だから触れちゃダメだって、コドラが……」

 またコドラか、とキビキは胸がざわついた。ここまで来るといったい何を隠しているのかと考えずにはいられない。

 そんな三人の間を、青い炎は静かに通り過ぎていく。


「記憶を持って行かれるのは事実です。おそらく、その人の最も苦しい記憶を焼くものと思われます。私もこの森に来た理由を思い出せないので……」

 そう言ってアワタは立ち止まり、俯いた。

「あの青い炎に触ったのか?」

 キビキが聞く。


「はい。ある時、いつものように酒を飲んでいたら目の前にふらりと現れたのです。思わず手を伸ばしたのですが熱さなどは感じませんでした。そしてそれ以来、この森に逃げてきた理由を思い出せなくなったのです」


「知らなかった……」

 そうしてキビキは思い出している。ここに来るまでの自分の記憶が曖昧な事を。六歳なのだし、そうだとは言えない。けれどそうではないとも言えないのだ。

 そして、そうだとするのならコドラが何かを知っているだろうと確信する。

「神域に行こう。絶対にそこに何かある」

 キビキは言った。

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