アワタの事情
アワタの事情――1話
明けたばかりの空の下を、ゲンの家から清酒川を歩いて下るキビキとモロコ。
酒を含んだ風がベタベタと肌に纏わりつき、酔っぱらった魚が赤い顔して景気よく跳ねる。
「いつも見つかるわけじゃないからな」
「分かってるさ。でも川から流れて来るんだろ? アタイの店舗は」
「俺の家だ」
昨日ヒエイから元は俺の家で、ムギと名付けた古木の魔物の話を聞いたモロコは、それを倒して自分の店舗にするのだと鼻息荒く言った。
そして、日の出とともにムギを探しに駆り出されたキビキ。ヒエイはサツマに魔剣の稽古をつけてもらえる事になり、喜び勇んで出かけて行った。
「しかし、家に逃げられるとはね」
クククッとモロコは笑う。
「仕方ねぇだろ。ここはそういう森なんだ」
「それ、どうしてなのかね? まぁ、おかげでアタイはいい商売ができそうなんだけどさ」
そういえば、とキビキは思い出す。
ゲンに似たような事を聞いた事がある。けれどゲンは、自分が生まれた時にはすでにそういう森だったと言っていたのだ。
けれど、元からそういう森だった訳ではないらしいとも言っていた。
ムギの気配を逃さないよう、魔素の気配や森の音に耳を澄ませる。しかし川はさらさらと静かに流れ、木々はザワザワと枝葉を揺らす。
「この辺りにはいないみたいだな。囲い川の方に行ってみるか」
「もちろんさ! どのみち開店する場所は人の多く来る囲い川の近くがいいからね」
そうして二人は川沿いを歩き、出来上がったばかりのヨネジの家の前に着いた。そこには川を渡るための飛び石が置かれているのだけれど、丁度それを渡ってくるアワタに会った。
「あぁ、おはようございます。随分とお早いですね?」
アワタは言いながら、ぴょんぴょんと飛び石を渡ってキビキたちの前に来た。
「モロコが家を捕まえるって言うからな。探してるんだ。しかしこんなに静かだと、あいつまた地下にいるんじゃねぇかな」
キビキが言うと、アワタがぴくっと反応する。
「地下ですか。もしかしてキビキさんは、地下に行く道をご存じなのですか?」
「あぁ。知ってるぞ」
キビキがそう答えると、アワタが協力してほしい事があると言ってきた。
「実はここひと月ほどの酔いどれ森の変化について調べたいのですが、どうも酒の源に関係しているようなのです」
酔いどれ森は酒の森。ウイスキーの滝に清酒の川、にごり酒の森に葡萄酒の湖。酔いどれ森の酒にはたっぷりの魔素が含まれていて、飲めば強い力になる。
けれどその力で魔法を使うには体が耐えきれないかもしれないし、その力に晒され続ければ姿も変わってしまうかもしれない。
それは通常の果物や水から得られる魔素の何十倍にもなるという。
そして森に変化があったという事はどこからか余分に魔素が交ざってしまったか、逆に魔素が抜けてしまっているか。
「確かに急に暴れる魔物が増えてるけど、その原因がこの森の根本にあるってのか?」
「はい。色々と調べてみましたが不自然な点はなく、それ以外に考えられません。それに、酒の味が変わったのです」
「変わった? どんな風に?」
「そうですね。重く残ると言いますか、悪酔いしそうな感じですね」
「へぇ、俺は酒を飛ばしてから飲んでるから気付かなかったな」
答えながらキビキは少し考える。
森の異変に事はキビキも気になっているし、アワタは神官だからこの森を守ろうとしてくれるだろう。しかし、今日はモロコがいる。
「なぁ、行くのは明日でもいいか?」
キビキはそう聞いた。けれど、頷こうとするアワタを押しのけて声が響く。
「今から行けばいいじゃないか!」
モロコはギラギラした目でそう言った。
「けどお前なぁ、地下では爆発物は使えないんだぞ?」
「当たり前じゃないか! 誰が宝箱を爆破するのさ。地下なんて鉱石があるはずだろう? それに酒の源に近づけばそれだけ魔素の多い酒も汲める! さぁ、行くよ!」
その楽しそうな様子を見て、キビキは「まぁいいか」と思い三人で地下に行く事にした。
けれどそれだけではない。キビキはコドラの事も気になっているのだ。
ここ十日ほどコドラは本体どころか、分体ですら姿を見せていない。それに行き先は隠したいようだったし、ヒエイと地下で会った時の事もある。
そんな事をグダグダと考えながら、キビキは二人を連れてウイスキーの滝から地下に降りる。
心許ない螺旋階段を一列になって下りていく。先頭はキビキ、真ん中がモロコだ。その途中でキビキはアワタに聞いてみた。
「アワタはどこの国から来たんだ?」
「ミバナ国ですよ。砂ばかりで、獣に頼らなければどこにも行けない国です」
アワタが答えると、モロコが「でも綺麗な国だったよ」と言った。
「綺麗ですか……。まぁ、そうですよね。どこも自然は美しいんですよ。醜いのは人の心ばかり。僕だってそうなんです」
アワタは悲痛を溶かし込んだ溜め息を吐く。
「神官の心が醜いって、そんな訳はないだろうさ」
モロコがそう行くと、アワタは小さな声で「いいえ」と呟く。
「一番醜いのは僕なのかもしれません。それに神官なんて、殺すための大義名分を得た者でしかありませんよ」
そんな風に言うアワタに、キビキは何も言えなかった。人間たちの暮らしを知らないからじゃない。その声があまりにも痛々しかったからだ。
なのでキビキは言葉を飲み込んだ。
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