モロコ語り――4話

「あんたらは昨日このキノコが何を歌っていたのかさえ知らないだろう。もしかして、あんたらか? 見た目が悪いからってモロコを集団から追い出したのは」


 監査員の男はモロコの姉に向かってそう言った。思ってもいなかった事に驚いてモロコが顔を上げると、男は先ほどとは違う仕事の顔をしている。

 すると姉は顔を硬直させてモロコを睨み付ける。そして足で地面をカンカンと打ち、怒りを顕わにした。

 それからモロコの姉は一つ息を吐くと、顎をクイッと持ち上げて見下すように言う。

「当然よ。うちの仕入れ担当はモロコなのだから。それをいい事に盗もうとしたのを許してあげたのに、この仕打ちは酷いじゃない」


「入国監査員を相手に嘘を重ねるとはいい度胸だ。じゃあ教えてやるよ。キノコの森は地元じゃ有名なんだ。ただ魔物が恐ろしくて滅多に近づかないけどな。そんで、アンタらは逆方向の空から飛んできた。いい訳はもうないな? 今すぐにこの町から出て行け」


 男が言い放つと、モロコの姉は途端に顔を醜く歪ませて暴言を怒鳴り始める。

 そして汚いという言葉が可愛らしく思えるほどの汚い言葉を叫びながら、それでも空馬車に乗って行く。

 モロコはこっそりとその馬車の中に、導火線の先に火を点けたニオイ爆弾を投げ入れる。

 それからモロコは涙を拭き、男に言った。


「ありがとうね。アンタが信じてくれて助かったよ」

「いやいや。俺は仕事をしただけなんだから気にするなよ。それより、まだ行かないだろうな? もうちょっと選ばせてくれよ」

「もちろんさ。ゆっくり選んでおくれ」


 モロコが精一杯に笑うと、キノコたちは鎮魂歌のような静かで優しい歌を歌い始めた。

 謝る人は少なかったけれど、集まっていた人たちが謝罪の代わりと言わんばかりに並べた商品を買って帰る。


「よし、決めた!」

 男が一つのキノコを握りしめて言う。

「それじゃ、それアンタにあげるよ。アタイからのお礼さ」

「え⁉ 嬉しいけど、それじゃあなぁ……あ! じゃあいい事を教えてやるよ。そっちの、硬いからいい椅子になるって言ってたキノコさ、それ食うとめちゃくちゃ美味いんだぞ」

 男はそう言って笑い、仕事に戻って行った。

 その後モロコは、椅子キノコを一つ残して昼には全て売り切った。

 そうして行李を背負うと監査員の男に手を振り、海岸沿いをアズマ国の方へと走る。


 あの男だけが信じてくれた。

 他の人間の空気が、一瞬で責めるようなものに変わった。

 信じてくれたのはあの男だけだった。

 可哀想だからと姉が言った時、集まった人間たちは「あぁ」と頷いた。

 誰一人、謝りもせずに帰って行った。

 謝らせたい訳ではないけれど少し疲れてしまった。


 そんな事を考えながらモロコは、海岸沿いの岩の上を飛び跳ねるようにして走る。

 モロコは、姉が変わっていなかった事が腹立たしい。そして強制的に昔が思い出されてしまって胸が苦しい。


 ただ同じ場所で商売をしたいのに、客の集まっているモロコの事が邪魔だっただけなのだろうとモロコは思う。

 そういう人だ、そういう人たちだったとモロコは嫌というほど知っている。

 けれど、それと同じくらい集まった人たちの視線がモロコの胸に突き刺さった。

 集団でいて、美しくて、華やかな方が信じやすいのだろう。そんな事は二百五十歳にもなるのだから何度だって思い知ってきた。

 それでもその度にモロコは悲しくなり、血の煮え立つ感覚がするのだ。


 しばらく走り続けていると、平らにならされた白い石の地面が見えた。その先の海には崩れてしまいそうな鳥居も建っており、管理する人のいなくなった神社なのだろうと分かる。

 そこに立つと海とは反対方向に続く階段があり、その先に本殿らしい建物が見えた。

 しかし本殿までの道は伸び放題の草木で覆われ、人の背丈より高い石燈篭の中には鳥の巣が作られている。


 これなら誰も来ないだろうと思い、モロコはその石燈篭にもたれて座る。そうして声を上げて泣き始めた。

 そうしていると、次第に腹立たしさの方が勝ってくる。

「なにさ! 好きでチンチクリンなんじゃないってのに。見た目と信用は別物でしょうが」

 そんな風に一人で怒鳴っていると「え?」という声が聞こえた。


 モロコが恐る恐る石燈篭から顔を出すと、草の中に丸まり膝を抱えて泣いている女がいた。その女は古びた皮の鎧を抱きしめている。

「あ……」

 モロコは思い出して固まった。いつかゲンの魔術鎧を売った女の客だった。

 そして、めちゃくちゃに泣いて一人で叫んでいるのを聞かれた事が恥ずかしくなり、モロコは女に言う。

「キノコ食べる?」


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