モロコ語り――3話

 砂にオアシスの煌めくミバナ国の中で、港町は特に美しい。

風にはためく織物、緑色に透き通る宝石のような粒の混じった砂、並ぶ船、砂丘に海。月色の鳥の群れが飛び、木々は真っ赤な実を風に揺らす。

 このような景色の中にあれば自然と財布の紐も緩むだろうな、とモロコは思う。


「さぁ、売るよ」

 モロコは気合いを入れ、港町を見渡す。

 漁港は漁師たちの場所だからダメだ。中央通りの方まで行ってしまうと、地元の店が立ち並んでいるので露店は霞んでしまう。

 さて、とモロコは町の案内看板のある石畳の道端に露店を広げた。そこは漁港から中央通りに行くには必ず通る道で、さらに道の分からない旅人は必ず案内看板を見に来る。

 我ながらいい位置取りができたな、とモロコがニタニタ笑っていると、入国監査員の制服を着た若い男がモロコの前に立つ。


「なんだい? 入国監査員がアタイに何の用なのさ?」

 特に悪い事などしていなくとも、こういう時はドキッとしてしまう。モロコもビクビクするのを隠し、男に聞いた。

「いやいや。俺は休憩中なんだよ。一人でいるエルフなんて珍しいから気になって」

 男はカラッとした顔でそう言った。


「それは悪い事を言ったね。ごめんよ。いらっしゃい。すぐに店開きするから見てってよ」

「あぁ、そうするよ。けど、何で一人なんだ?」

「聞きにくい事をズケズケと聞く男だねぇ。まぁ見たらわかるだろう? この通りさ」

 モロコは立ち上がりくるりと回って「見てくれがね」と言った。


「確かに背の低いエルフは珍しいとは思うけど、それがどうしたんだ?」

「エルフってのは根っからの商売人なのさ。自分たちの美しさだってただの商売道具。アタイみたいなのがいると売り上げが落ちるって……追い出されたのさ」

「そうなのか。でも、俺はあんたみたいなエルフの方が話しやすいけどな」

「そうだろう? キレイだったらいいってもんでもないのさ。とは言ったものの実際、キレイなのはみんな好きだよ。キレイな海にきれいな空。キレイな歌声なんてのはどうだい?」

 モロコはそう言いながら、赤い布の上に例の歌うキノコを並べていく。


 硝子細工のようなキノコが海辺の陽射しに照らされて煌めき、生き生きと歌い始める。

 それを囲む音楽隊に見立てて、椅子になりそうなキノコやピカピカと光るキノコ、ぴょんぴょんと跳ねるキノコを配置する。

 キノコが歌うのは知らない歌だけれど、旋律は踊る波のように明るく陽気だ。林で歌っていたのとはまた違う。


「これは凄いな!」

「そうだろ? 昨日は小熊に子守唄を歌ってたよ」

「違う歌も歌えるのか。ますます欲しくなるな。手に取ってもいいか?」

「あぁ。優しくしてやってよね」

 男が座り込んで一つ一つキノコを手に取り、耳に当てる。そうしているうちに足を止める通行人が増え、またモロコの周りは人で溢れかえる。


「さぁ、いらっしゃい、いらっしゃい! 今日の商品は歌うキノコだよ! 高い声から低い声まで美声揃いさ。キノコなら他にもあるよ! 明るく光って夜道を照らしてくれるキノコ、子犬のように飛び跳ねて寄り添う愛らしいキノコ、座り心地のいい椅子になってくれるキノコ。ほらほら、手に取って見ておくれ!」


 モロコがいつものように声を張り上げる。

 人々はクスクスと楽しそうに笑い、ちょっとしたお祭り騒ぎ。これがモロコのやり方だ。

 しかし、今日はそこへ冷たい声が交ざった。


「あら。誰かと思えばモロコじゃないの」


 そう言ったのは二十人ほどのエルフを率いる商団の団長。長身で色白で髪には大輪のバラを咲かせている、モロコの姉だ。

 モロコの姉たちはサラマンダーに空馬車を引かせ、空から華々しく降りて来た。

「久しぶりだね。二百年ぶりじゃないか」

 モロコは血が煮え立つような感覚を何とか抑え、平気な振りでそう答えた。

 すると姉がワザとらしく首を傾げる。え? と姉が商売用の声を出すと、何かやられる、とモロコは気が付いた。


「可笑しな事を言うのね。さっき会ったじゃない。ほら、あなたが私たちからこのキノコを盗もうとした時よ」


 しまった、と思った時には遅かった。

 集まった客はすっかり数と華やかさに押され、モロコの姉の言葉を信じている。

「あら、皆さん安心して下さいな。キノコは結局モロコにあげたんですのよ。だってほら……この子、可哀想でしょ? だから、よろしければ買って差し上げて」


 モロコは怒りのあまり、見開いた目からボロボロと涙を溢す。

 ザワザワとする人たちの中で、未だにキノコを選んでいた監査員の男が険しい顔をして立ち上がった。

「嘘つきに商売をさせる訳にはいかないな」

 それ聞き、反論しようと思って用意した言葉が粉々になるのをモロコは感じた。

 顔を上げて違うと言えばいいのだけど、顔を上げるのが怖かった。

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