モロコ語り――2話
五つほどの家族からなるエルフの集団をモロコが追い出されたのは、もう二百年も前だ。
けれどモロコは驚かなかったし、特に悲しいとも思わなかった。初めから分かっていた事だったのだ。
『ちんちくりんのエルフモドキ』
そんな風に言われ続け、いると売り上げが下がるからと危険な仕入れやテントの奥で品物の手入ればかりさせられた。
けれどモロコは決してめげず、どんな仕事も耐え抜いて覚えた。
誰よりも明るく振舞い、バカな振りをした。
そうしてモロコがどんどん仕事を覚え、誰よりも上手にできるようになると今度は『魔物にも向かっていく野蛮な子』『協調性のない問題児』などと言われるようになる。
エルフには武芸の達者な者が多いけれど、それは戦うためではなく暇つぶしに魅せて競うためのものだ。
結局、エルフは時間を持て余しているのだとモロコは思う。
長すぎる時間を、ただ旅をしながら同じ顔を突き合わせて過ごす。やる事と言えば他のエルフたちより珍しい物を売るか、凝った物を作る事くらい。
比べて競うくらいしか、時間の使い方が分からないのだ。
だから空っぽの行李一つを持たされて追い出された時も、モロコはやっぱりなと思っただけだった。
けれどエルフの中では子供と言われる五十歳、集団にも入らずに一人で売っているエルフに信用はなかった。
その為にどれだけいい物を売っても買う人はおらず、いつも腹を空かせていた。
それもゲンに会い、あの魔術鎧を譲り受けてからはお客が買ってくれるようになった。
今では随分と逞しくなったものだ、とモロコは懐かしむ。
そんな風に昔を思い出していると、どこからか歌が聞こえて来た。
風が吹くような優しい声だ。風に乗って遠くまでも届きそうなその歌の主を、モロコは探す。
すると小熊がいた。
小熊は硝子細工のようなキノコを玩具にし、地面に転げて遊んでいる。どうも歌はそのキノコから聞こえているようだった。
モロコは慌てて小熊に駆け寄る。
「ちょっと教えて! そのキノコどこに生えてたの⁉」
小熊はキョトンとモロコを見上げると、コロンと寝転ぶ。
「ダメかぁ。仕方ない。粘ってみるよ」
ね? とモロコが小熊の頭を撫でると、小熊が擦り寄ってくる。
「アンタなんで一人なのさ? 誰かいるんでしょ?」
モロコはそんな風に話しかけながら小熊と遊び、キノコの場所を教えてくれるのを根気よく待った。
しばらくするとガサガサと草を踏む音が聞こえた。
モロコは慌てていつもの爆弾を持ち出して構える。
モロコは一人だ。モロコは弱い。だから一人で生きるには爆弾が一番なのだ。
剣は危ない。魔法は難しい。エルフには魔物を従える力もあるけれど、そんなのは運しだいで自分が食われるかもしれない。
だからいつもモロコは爆弾を投げる。
「誰だい、こんな金になりそうな森でアタイに爆弾を投げさせるのは」
しかしモロコの緊張とは裏腹に、木の陰から現れたのは鹿だった。
「鹿かぁ……驚いたじゃないよ」
ほっと息を吐くモロコの事など気にもせず、鹿はつかつかと近づいてきてじゃれ付き始めた。
そして鹿は、モロコの髪に咲く花を食べ始める。
「ちょっと、やめておくれよ。花はたくさん咲いていた方が商品がよく売れるのさ」
言いながらモロコは笑っている。これがモロコの唯一の癒しの時間。
「さぁ、そろそろ歌うキノコがどこにあるか教える気になっただろう?」
モロコが小熊に言うと、小熊はモロコにそのキノコを差し出した。
「くれるの? ありがとうね」
そうしてその日は、小熊を迎えに来た親熊の横で小熊と一緒に眠った。
次の日、夜が明けてからモロコは親熊に歌うキノコの群生地まで連れて行ってもらった。
硝子細工のようなキノコとキノコが風に揺れ、ぶつかって音が鳴る。その音に釣られてキノコが歌う。
高い声も低い声もあるけれど、どれも優しい声。
モロコはそれをいくつか行李に詰め、ミバナ国の港町に向かう。
アズマ国との国境にあるその町は、国境にしては珍しく不戦地域に指定されている。だからいつも様々な国の人で賑わっている。
そこでなら、この林で採れた珍しいキノコたちがよく売れるのではないかと思ったのだ。
「ありがとうね。今度はお土産を持って来るよ」
モロコは熊の親子にお礼を言って林を出た。
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