モロコ語り

モロコ語り――1話

 どこまでも続く砂の大地。砂の海を泳ぐ魚たちは照り付ける太陽にもめげずに飛び跳ねる。前にいつ雨が降ったのかなど誰も思い出せず、空気はカラカラに乾いている。


 そんな中を砂漠サメの背に乗り進むエルフが一人。

 高身長で優美な印象の一般的なエルフたちとは違い、そのエルフは人間の子供ほどの背丈しかない。

 それだけではなく、本来エルフは集団で旅商人として暮らしているのだが、その小さなエルフは一人きりだ。

 しかし迫りくる飢えたサボテンの魔物に爆弾を投げつけて撃退する、子供というにはあまりに逞しいエルフだ。


「ちょっと、止まっておくれよ」

 そのエルフ、モロコは乗っているサメの背をポンポンと叩きながら言った。

 サメはモロコに言われると大人しく動きを止める。

 エルフというのは獣たちに好かれる。そういう性質を持っているのだ。だから旅暮らしに不自由はしないし、暴走した魔物でもない限りは襲って来ない。


 モロコは先ほど爆発させたサボテンの所まで行き果肉や棘など、使えそうな物を集めて行李にしまっていく。

 商品になりそうな物をあらかた集め終えると、残りは運んでくれている砂漠サメのご飯にする。

「食べたら町に急ぐよ。昼に間に合えば売り上げが違うからね」

 楽し気にそう言って、モロコの髪でリンドウの花が揺れる。


 ミバナ国の中でも海から離れたオアシスの都、ここが今回のモロコの商売の地だ。

 さっそくモロコは町の入り口辺りに真っ赤な布を広げ、露店を開いた。

「いらっしゃい、いらっしゃい! 人気の高いアズマ国の髪飾り! 不死鳥の灰に卵の殻で作った御守りもあるよ! 話だけでもいいから聞いてってよ!」

 モロコは同じように店を広げている誰よりも元気な声で、楽し気な話を始める。

 すると一人二人と足を止め、あっという間に人だかりができた。

「あら、サボテンの果肉もあるのね。今夜の夕飯にしようかしら」

 買い物用の小さなカゴを持った一人の奥さんが呟くと、モロコはすかさずそちらを向く。


「それはアタイがさっき仕留めたばかりだからさ、新鮮だよ! サボテンのステーキにサボテンのミルク煮なんて最高じゃないか」

「あら! あなたが仕留めたですって? まさか一人で?」

 奥さんが驚きの声を上げると、集まった人たちもざわつき始める。するとこれこそ好機とばかりに、モロコは語り始める。


「そうさ。なんたってアタイは一人旅だからね。仕入れも手入れも店番も全部アタイがやるのさ。エルフの中じゃまだ若いけど品質は保証するよ! 長いこと一人で旅してるから面白い話もたくさんあるよ。何が聞きたい? タンスに引き篭もって出て来なくなった小鬼の話なんかどうだい?」


 モロコがそう言うと、集まった人たちは一気に同情の視線を向ける。

 初めの頃こそこの同情の視線が好きになれなかったモロコだが、同情した人たちは何か一つでも買って帰ってくれる事が分かったので、今では意図的に同情を引くようにしている。

 しかし、モロコは来年には二百五十歳を迎える。エルフ的に言っても折り返しの歳だ。

 見た目は昔から変わらない。ただ単に成長しなかったと言うだけで、子供ではないのだ。


「訳ありなのね。大変ねぇ」

 奥さんがそう言ってサボテンの果肉を買う。

 すると、座り込んでモロコをじっと見ていたお爺さんが首を傾げる。

「子供……子供か。そうじゃろうな。ん?」

 それを見ていた他の客がお爺さんに「どうした?」と聞くと、お爺さんは言った。

「いやなに。ワシが子供の頃にこのエルフに会った気がしてなぁ。今と同じ姿をしとったぞ」

 しまった、とモロコは内心で冷や汗を流す。


「それ本当かい⁉ そりゃあ、きっとアタイの姉ちゃんさ! どこかにいるとは聞いてるんだけどね、会えなくて困ってるのさ。いったいどこで会ったんだい?」

 モロコがそんな風にその場を切り抜けると、もうお祭り騒ぎ。

 品物は飛ぶように売れるし、よかったら夕飯を食べていかないか? なんて誘われる。

 けれどモロコは早々に店じまいをし、さっさと町を後にした。

 町の人たちはそれを、慌てて姉を探しに行くのだと思って見送る。


 町を出たモロコは来た時の砂漠サメを捕まえ、急いで海近くまで運んでくれと頼む。

 そしてやっと安堵の溜め息を吐き、モロコは額の汗を拭った。


「ふぅ……まさか覚えてる人間がいたとはね。それにしても、今夜の宿はどうしたもんかね」

 さっきの町に泊まるつもりだったモロコは、野宿の用意なんかしていない。

 さてどうしたものかと思いながら何時間か進んだ頃、海の見える場所に林があった。

「お! いいね、ここにしよう。サメさん、ありがとうね」

 モロコはそう言って行李を背負い、スタスタと林の中へ走っていく。


 そこはキノコの森だった。

 切り株のように固くていい椅子になりそうなキノコ。ピカピカと光っていい灯りになりそうなキノコ。まるで生き物のようにピョンピョンと飛び跳ねて、いいペットになりそうなキノコなどたくさんの珍しいキノコが生えている。


「こりゃあいいね。アタイはついてるよ」

 ニカッと笑い、モロコはどんどんとキノコを行李に詰めていく。

 エルフの行李は一人に一つ。小さな引き出しに大きなキノコでも入ってしまう魔道具。

 モロコにとって、これだけが家族から貰ったものだった。

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