カネの匂い――4話

「じゃあアタイが売れる物を作っておくれよ」

「お前が誰に売るか分からんからな、武器じゃなけりゃあ作ってもいい。手甲に脚絆、ベルトに飾り物くらいなもんだ」

「それでも大助かりさ! ありがたや、ありがたや」

 モロコがゲンを拝み始める。するとサツマが前のめりに聞く。


「どうやって人格を示せばいい?」

「武器が欲しいのか? それを見せろ」

 ゲンが言うと、サツマはいつも背負っている大剣を渡す。ゲンはそれを見ながら「どんなのが欲しいんだ?」と聞いた。

 その目は鋭く、すでにサツマの見定めが始まっている事が窺われる。


「海神刀のように刀自体に人格があり、人が戦う前から諦めちまうようなもんがいい。出来れば俺を監視して戒めるような性格の」

 それを聞いて、ゲンはフッと笑った。そして言う。


「時間はかかるだろうが、この酔いどれ森でなら海神刀の比ではない剣が打てる。俺からの試験は二つ。まずはヒエイの鎧を修理する材料を集めてもらう。ヒエイとキビキを連れて行け。それが試験だ」


「分かった。二つ目は?」

「その時に伝える。ここで待っているから、夕飯までには戻ってこい」

 こうしてサツマとヒエイ、キビキは水晶ウナギと嫉妬花の蔓、採掘モグラの皮を採りに行く事になった。

 そこに何故か、モロコを含めた全員が付いて来たのだ。


「お前ら何でみんな来るんだよ」

 キビキはバレやしないかと不安になって聞くが、皆は伝説の鍛冶師であるゲンの試験に夢中だ。モロコなんかは商売の事しか考えていない目をしている。

「仕方ありませんよ。伝説が生きていたんですから。浮足立つのは当然です」

 皆と同じようにウキウキした顔のアワタが言う。

 それを尻目に、キビキはフードが脱げないようキュッと握る。


 湿地帯でびしょ濡れになりながら水晶ウナギを追うサツマ。これは自分の試験だからと言うので、他の者は揃って釣り糸を垂らした。

 そうは言っても皆でびしょ濡れになってはしゃぐのは楽しくて、キビキは思わず寂しく感じてしまう。

 自分だけは本質が違う気がしているのだ。

 知られれば討伐される。そう思うたびに寂しくなってしまう。

「捕まえた!」

 サツマが叫ぶ。その手には確かに、光り輝く水晶の体をくねらせるウナギがいた。

「次に行くぞ!」


 そしてにごり酒の森で、楽しそうな様子に嫉妬して体をギリギリと締め上げる嫉妬花の蔓に苦戦する。

 けれど一人じゃないから越えられる。

 人の手を借り、知恵を借りる。

 キビキは、ゲンの試験の意味が少し分かった気がした。


「しかし採掘モグラってどこにいるんだ?」

 サツマが荒い息を整えながら聞く。

「採掘って言うくらいだから、山じゃないですか?」

 ヒエイがそう答えると、皆は外山に向かって歩き出した。その後姿を見ながらキビキが呼び止める。

「ちょっと待ってくれ」

「ん? なんだよ?」

 サツマがそう言いながら振り返った。

 キビキは決意をしてフードに手をかける。


「俺……俺は人間なんだ。本当は、人間だったんだ。百五十年前は」

 サツマとアワタ、ヨネジは不思議そうに首を傾げる。事情を知っているヒエイだけが祈るような目を向けている。

 フードが脱げていく。それに合わせてキビキの腕や体のあちこちには鉱石が煌めき始める。

 手は震えるけれど、この前のサツマの部下とヒエイが鬼の自分と話をしてくれた事がほんの少し背中を押してくれる。

 完全にフードを脱ぐと、キビキの頭から二本の角が生えた。


「お前……」

 サツマは口をあんぐりと開けて呟いた。

「お前だったのか……」

 もう一度、サツマは言葉を漏らす。

 次の言葉を、キビキは逃げ出したい気持ちで待った。

「この前は部下がすまなかった」

 サツマはそう言って頭を下げる。それを聞いて、今度はキビキが驚いた。


「え?」

「天馬に斬りかかったと聞いた。本当にすまなかった」

「い、いや。別に……。えっと、それだけ?」

「もちろん、本人を連れて当の天馬の所にも謝罪に行かせる」

「いや、そうじゃなくて……俺、こんなだから」

「鬼がキビキなら、お前は鬼ではなくキビキだ。第一、鬼が俺たちに襲い掛かって来た事なんて一度も無いんだしな。それよりモグラ獲りに行くぞ」

 サツマはそう言ってほほ笑んだ。アワタもヨネジも。ヒエイもモロコも。

 そして三つの材料を持って帰ると、ゲンも嬉しそうに微笑んだ。


「合格だ」

 ゲンがサツマに言う。

「おっし! んじゃあ二つ目の試験を教えてくれ」

「それだ」

 ゲンが視線でキビキを示す。

「キビキが?」

「あぁ。だから、お前は合格だ」

 ゲンがサツマに告げるのを、まるで自分に言われているかのようにキビキは喜んだ。


 今日は、記念日だ。フードがいらなくなった記念日。

 ありのままで生きられる記念日。

 そんな風に思って笑うキビキを、皆が喜んでくれた。

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