カネの匂い――3話
モロコとヒエイがその墓場村の前の近くに着いた時、村は紫灰色の煙に包まれていた。
辺りに住む人に話を聞こうとするも、その住人が見当たらない。やっと話が聞けたのは、閉店の支度をしていた食堂の男からだった。
男は呪術師たちが失敗しやがった、と憎々し気に答える。そして、おかげで店じまいしなければならないと溜め息を吐いた。
「その男の話によれば、村には呪術師たちとその弟子が暮らし、呪術の研究やら啓蒙活動なんかをしていたらしいのさ。それがある日、人々の関心が呪術に向かない事に業を煮やした彼らは、誰も成功した事のない人体組成術を試みた」
モロコは意味ありげに小瓶の首飾りを見て、それから続ける。
「浮遊する魂を捕まえる事には成功したみたいなんだけどね。つまりは覆水盆に返らず、割れた皿は割れたまま。魂が入る器を作れなかったのさ」
飽和状態の魂たちは、術の為に集めに集めた魔素を吸った。不穏な冷気が渦巻きはじめ、それが煙となって村を包む。
悲鳴があがってから煙が村を包むまで、数分とかからなかったと食堂の男は言う。
魂たちは呪術師たちの体を奪おうとして暴れ、結果として呪術師たちの全ての肉体は使い物にならなくなった。
すると次に起こるのは、魂たちが入れるような魔具の奪い合い。あるいは骨に、屍に。
モロコとヒエイが村に入ったのは丁度その頃だった。
「……入ったんですか?」
神官のアワタが、信じられないと言った風に聞く。
「そりゃあ入ったさ。だからこの品々なんだからね。それに、ヒエイが人助けをしたいって言うもんだからね。哀れな魂を解放してやるのも人助けだろう?」
「まぁ、それはそうですが」
アワタはズリズリッと後ずさり、品物から距離を取る。
するとサツマがヒエイに聞いた。
「人助けがしたかったのか?」
「はい。国で魔剣士をやっていた時は人の悪事を助ける仕事ばかりで、ちゃんと人のために働けた事なんてなかったので。斬れって言われるの、人ばかりなんですよ」
ヒエイが疲れたような声で言うと、サツマは頷く。
「しかしな、そいつらは助かったと思ってないかもしれねぇぞ」
「いいんです。だって、そのままにしておいちゃダメだってはっきり分かるじゃないですか。だから感謝されなくても、助かったって気付いてもらえなくても、それでいいんです」
人と人の戦よりよっぽどいい、ヒエイは言う。
その時、まるで見計らったかのように首飾りの入った小瓶が倒れた。
「おっと、ごめんよ。これは活きが良くてね」
モロコがどこか得意げな顔で小瓶を拾う。
「なぁ、その首飾りの持ち主はどうなったんじゃ?」
ヨネジが訝し気な顔で聞く。
「あぁ……。これは呪術師たちの長が使っていた物みたいなんだけどね、なかったんだよ。長の体が。この首飾りは空っぽの服の中で蠢いていたのを捕まえたのさ」
そう聞くなりアワタはスッと立ち上がり、首飾りに向かって水晶の短剣を振り下ろした。
するとあっという間に辺りは白か銀かというほど眩い光に包まれ、次第に引いていく。
すっかり光の波が引いた時、首飾りはもうガタゴトとは動かなくなっていた。
「そんなぁ……アタイの首飾りが……」
「滅してやったわ」
荒く息をするアワタの目の前で、モロコは呆然と静かになった首飾りの小瓶を眺める。
それを横目にゲンが「朝食ができた」と言えば皆そろそろと鍋を囲む。
その空気が心地よくて、キビキはこの人たちに本当の事を言ってしまいたいと思った。それと同時に、拒絶されるかもしれない恐怖を感じる。
ゲンの作った雑炊を皆で食べながら、不意にサツマがヒエイに聞く。
「お前、アズマ国の魔剣士に戻りたいか?」
「いいえ。ゲンさんの魔術鎧で男の姿になっていなければ試験も受けられないんです。魔術鎧は今朝、壊れてしまいました。それに……もう十分です」
「そうか」
サツマはそれだけ答えた。
それを聞いていたキビキは、お椀を落しそうなほど驚いた。ヒエイはこんなにもあっさりと自分の秘密を打ち明けてしまうのかと。
もしかしたら、とんでもない秘密だと思っていたのは自分だけなのかもしれない。サツマがヒエイにとって憧れの人だから打ち明けたのかもしれないが、とキビキは思う。
それにしても、自分はどうなのだろう? とキビキは考え込む。
ゲンはそんなキビキにチラリと視線を向けてから「さっさと食え」と言った。
いつもと同じだ。幸せなのだとキビキは気付く。
淡白な言葉も、人を避けて森の奥に住んでいるのに朝食を持ってこんな所に来てくれる事も、いつまでもこのまま続くだろうと思う。続けばいいと思う。
だからこそ言ってしまうのが怖いのだと、キビキは知っている。
だからこそ、討伐されるのではなく終わらせてしまいたいとも思う。
「しかし、伝説の鍛冶師に朝食を作ってもらう日が来るとは思わんかったのぉ」
ヨネジは、感慨深いなと呟いた。
「飯は大事だぞ。離れて行きそうな自分を今日に引き留めてくれる」
「そうかい、それでドワーフの寿命を百年も越えたんかのぉ」
ヨネジが人懐っこい顔で笑うと、ゲンはいつも通り「いい迷惑だ」と答える。
「俺は何も鍛冶をやめて引き篭もってる訳じゃない。ただ客を選ぶためにここに住んでるんだ。自分の人格を示せば武器だって打ってやる」
ゲンが言った。
途端に場はシンと静まり返り、息を呑む。
けれど案の定、素っ頓狂な声で喜びを表現したのがモロコだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます