カネの匂い――2話

 そしてモロコとヒエイが並んで頭を下げると、さっきの爆発騒ぎが嘘のように三人は和やかに酒を飲み始めた。

「気にする事はありません。あなたは友人を探しに来ただけなのだから」

 アワタがそう言うと、モロコは嬉しそうにニカッと笑う。


「そう言ってもらえると助かるよ。けどアタイはエルフの商人だからね。迷惑をかけっぱなしじゃあ名折れじゃないか。というわけで、好きな商品を選んでくれ! どれでも一品だけ半額だよ!」


 そうして何だかんだと商売を始めてしまったモロコ。

 その後ろで、キビキはヒエイに聞く。

「お前が探してる人って誰なんだ?」

「アズマ国でも指折りの魔剣士よ。私、その人に憧れて魔剣士になったの。サツマって言うんだけど、この森にいるらしいって噂を聞いたのよね」

 それならとキビキが教えると、ヒエイは「見つけた!」と声を上げる。

 そしてサツマの前に行き「会いたくて来たのだ」と言う。


 サツマは困ったような顔をしたが、ヒエイが港町で怪鳥から助けてもらったと言うと懐かしそうな顔になる。


「あぁ、あの時の馬車に乗ってた娘か。大きくなったもんだな。今は何やってんだ?」

「あなたを追ってアズマ国の魔剣士になりましたが、逃げ出してきました」

 ごめんなさい、とヒエイは小さく付け加える。そんなヒエイの頭を撫でながら、サツマは言った。

「いいさ。俺だって逃げてんだ。気にすんな」

 サツマはそれ以上なにも言わないし、ヒエイも聞かない。感動的な再会。

 けれどその空気にそぐわない底抜けな声が一つ。


「いやぁ! 探し人に会えてよかったね、ヒエイ。ここに居るんなら、これからいくらでも会えるさ。これでまたアタイたちは一緒にいられるじゃないか」

「あのね、その事なんだけど。私……ここに住もうと思うの。だから……」

「あぁ、それがいいよ。アタイも早いとこ店構えを作っちゃいたいんだけどさ、その前に住む所はどうしたもんかね」

 モロコは当たり前にようにそう答えた。


「あれ? モロコも酔いどれ森に住むの? エルフは旅の商人なんでしょ? いいの?」

「こんなに金になりそうな森にさ、護衛をしてくれそうな知り合いがいてね、どうして旅になんか出るもんか。アタイはここで店を構えるよ!」

 呆れていいのか感心していいのか、キビキはククッと笑う。するとそこに、お玉を片手に鍋を背負ったゲンがやって来た。


「なんだ。騒がしいと思ったらお前か。歳をくっても大人にはなれんかったようだな」

 ゲンはモロコにそう言うと朝食の用意を始めた。

「なんだい、爺さん。アンタまだ生きてたのかい? あれ、アンタ幾つになった? なんでまだ生きてるのさ?」

 モロコは幽霊でも見るかのような目をして立ち尽くす。

「もう三百にはなるか。どうやらこの森に死なせてもらえんらしい」

「へぇ。アタイが五十の時に初めて会ったんだから、そんなもんかね」


 ドワーフの寿命は二百年前後。それに比べてエルフの寿命はおよそ五百年だ。争いばかりしている人間よりずっと自然の中で自由に生きている彼らは、その恩恵を受けているのではないかと言われている。


 そしてモロコは二百五十歳。ゲンが性別を変えるあの鎧を作った二百年前に、二人は知り合った。

 五十歳の時にエルフの旅集団から追い出されたモロコだったが、エルフの五十歳は子供と言われる歳。一人では信用もなく買い手がつかない。それどころか今日の寝床さえ手に入れられない状況で差し出されたのが、あの鎧だ。


「売れるもんなら売ってみろ」

 ゲンはモロコにそう言って鎧を渡した。


「あの時は有名な鍛冶師だなんて知らなくてさ。ただ、助かったと思っただけだったよ。結局あの鎧は二百年も売れなかったんだけどね、アンタの鎧を売っているってだけで、それが信用になったのさ。口の悪い爺さんだと思ったけど、本当にさ、助かったよ」


 ありがとう、とモロコは言う。あの時「売れるもんなら売ってみろ」と言われたからこそ、何でも売ってやると逞しくやって来られたのだと。


 そんな二人のやり取りを聞いていたサツマが目を輝かせる。

「もしかして爺さんが……いや、あなたが伝説の海神刀を打ったゲンさんなのか?」

「海神刀か。ありゃ失敗作だ」

 ゲンは玉ねぎを切りながら昨日の夕飯の話でもしているかのように答える。


「失敗作なもんか。あんな刀が打てるのはあなただけだ。あれを使いこなせれば地上に敵なしと言われるくらいなのに」

「意志を持って勝手に魔法を使う刀を刀とは呼べん」

「いや、まぁ……確かにここ百年くらいは見た者もいないが」

「そうだろうな。あの刀は大鮫に姿を変えて海の底を泳いでるんだ」


 サツマが呆けて口を開けっ放しにする。ヨネジもアワタも、モロコもヒエイもだ。人間たちには驚くべき話であるらしい。

 けれどこの森で育ったキビキには何がそんなに驚く話なのかが分からない。

 ほんの少し居場所が無いようで寂しくなったキビキは、別の話を振る。


「モロコとヒエイは、二人で旅をしてたのか?」

「ちょっと縁があってね。私が国から逃げ出した一年前の日から一緒に旅をしているの」

 そうヒエイが答えると、モロコが鮮やかな赤色の布を広げて話を始めた。

 すると不思議なことに、モロコの髪のリンドウがポンポンポン、と立て続けに花を咲かせる。まるで開店、と言わんばかりに満開だ。


「奇妙な縁で旅を始めたアタイたちは、ニシン国にあると言われる墓場村に向かったのさ。何でって? そこにあるのは墓場なんかじゃないからね」

 モロコは話しながら、布の上に品物を並べていく。

 鈍く輝く紫の指輪に、黒い宝玉、薄汚れた外套、知らない言葉で書かれた護符、小瓶の中でガタゴトと動く十字の首飾り。


「ここに並べた物は話の種にするだけじゃもったいない品ばかりさ。旅の思い出話のついでに見てってよ。あ、その薄汚れた外套は見てもいいけど絶対に羽織らないようにしておくれよ。危ないからさ。それは呪術師たちの外套なんだけどね、年季が入ってるからそれ自体が強い力を持ってるのさ。それに加えてあのアンデッド災害だろ? 並みの人間じゃ外套の力に飲まれちまうよ」


 誰しもがモロコの話に聴き入る中、ゲンだけは少し微笑んで朝食の準備を進める。

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