カネの匂い

カネの匂い――1話

 ヒエイが森に来た次の日の朝。出かけようと、いつものように鎧を着こんだヒエイが悲鳴をあげた。

「朝から何だよ?」

 寝起きのキビキが聞くと、ヒエイが中途半端に鎧を着こんで青い顔をしていた。

「よ、鎧が……どうしよう……男になれないの」

「壊れたのか? 年代物だって言ってたしな」

「そんな呑気に言わないでよ! これじゃどこにも行けないじゃない。どうしよう……」

「行きゃあいいだろう」

 キビキがそう言うと、ヒエイはキッと睨み付ける。


「どうした?」

 外で薪を切っていたらしいゲンが裏口から顔を出す。すると、ヒエイはゲンに縋りついて訴える。


「ゲンさん! 鎧が壊れちゃったんです!」

「あぁ、そうか。もう二百年だからな。そりゃ壊れるだろう」

「直して欲しいんです! 私これじゃどこにも行けないんです!」

「材料さえあれば直せるが、材料が泳ぎ回ってなかなか捕まらないんだ。それを何とか捕まえられたとして、直るまでに五日はかかるぞ」

 ゲンは額の汗を拭きながら伝える。ヒエイはそれを絶望的な眼差しで見つめる。


「そんな……それじゃ間に合わないんです。そんな事をしている間にあの子が……」

「ん? 誰か森の外で待たせてんのか? そんなら、女のままで会いに行きゃいいだろう」

 キビキが言うと、ヒエイは首を横に振る。


「私と友人は、雪の国と言われるホーク国にいたの。雪が深くてそびえる連峰は険しい。そんな国だからね、閉鎖的なのよ。酔いどれ森への出入りもしっかり管理されていてね、あそこから出た時に男の私だったから女のままじゃ入れないわ」


 けれど友人はそこの宿屋に泊まっていて、ヒエイを待っているのだと言う。

「あの子、ちょっと変わった子でね。あんまり遅くなると心配して爆発しちゃうかもしれないの。問題が起きる前に会いに行かなきゃ」

 ヒエイはそう言ってオロオロしている。


 ヒエイの友人は、長命の暇つぶしに武芸を極めるエルフにしては珍しく、武芸が得意ではない。危ないので、ヒエイが酔いどれ森で人探しをする間は外で待ってもらっているのだと言う。


「私、この森に住む事に決めちゃったし、その話もしないと。あぁ、でもあの子……」

 慌てるヒエイの言葉を遮り、爆発音が轟いた。

「来たぁ!」

 ヒエイが叫ぶ。

「来たって、この爆発音、お前の友達か?」

「きっとそうよ。間違いないわ」

 そしてヒエイが走り出すので、キビキは後を追って行く。


 ホーク国は酔いどれ森に面している五国の内の一国で、コドラの住む岩山の向こう側が領土だ。

 だから滅多に人が入って来る事はない。もしホーク国から酔いどれ森に入ろうと思うのならば、小舟で囲い川を渡ってから岩山を越えるか滝から降りるかしかないのだ。

 おそらくヒエイは滝を選び、流されたのだろうとキビキは思う。


 そのエルフは岩山を選んだようだった。

 爆発音を頼り二人がにそちらへ向かっていると、手の平ほどのコドラが飛んできた。


「キビキか。良い所に来た。すまんがエルフを一人、引き取ってくれぬか? あのように小さくちょこまかと……私では踏みつぶしかねんのでな」

「やっぱりそっちにいたか。こいつの友達なんだってよ」

 キビキが言うと、コドラはパッと表情を輝かせる。

「そうか。それは良い。早く連れて帰ってくれ。焦げ臭くて敵わん」

「本当にすみません。すぐに止めますから」


 キビキたちが芋焼酎の岩場に着いた時、そこにはいつもいるはずのアワタとヨネジ、それからサツマの姿がなかった。

 おそらく爆発音を聞いて向かったのだろうと考え、キビキは焦る。

 まさか手荒な事はしないだろうが、そのエルフは爆発中なのだ。


「なぁ、コドラ。本体で俺たちをそこまで運んでくれねぇか?」

「無理だ。そのエルフに動くなと脅されておるのだ。私とて、まだ討伐される訳には行かんのでな」

 だから言う事を聞くしかないのだと、コドラはシュンとして言った。

 仕方がないので、キビキはヒエイを背負って鬼の姿で急いで走る。


 着いてみると、そこには霧雨と煙とエルフがいた。それをいつもの酔っぱらい三人が頭を掻きながら取り囲んでいる。

 どうやら霧雨はコドラが降らせているようだった。

 キビキは三人から見えない場所でヒエイを降ろすと、フードを深くかぶる。


「モロコ!」

 ヒエイが駆け寄ると、モロコと呼ばれたエルフの目が驚きに見開かれる。

「ヒエイ! アンタ食われたんじゃなかったの⁉ それか酔っぱらいたちに酒のお供にされてるんだとばかり……」

「そんな訳ないでしょ! まだ一日じゃない!」

「一日もこんな所にいたら命なんかある訳ないさ。アタイはそう思ってね、アンタの骨を拾いに来たんだよ」

「馬鹿なこと言ってないで、ほら! 皆に迷惑かけちゃったじゃない。謝らなきゃ」

「あぁ……いや、これは……。なんか勘違いして、すみませんでした」

 モロコは恥ずかしそうにしながらも、丁寧に頭を下げる。


 キビキはそれを見ながらヨネジたちに、何があったのか聞いてみた。

「何ってお前、見たままじゃ。ちっこいエルフが爆発物をばら撒きよった」

「おう……」

 そしてちゃんと謝罪をしたいというモロコに連れられ、コドラ以外その場の全員がいつもの岩場まで行く。

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