ヒエイ語り――4話

 あの日、町の中で暴れている酔っぱらいがいるという話が入って来た。その対応を押し付けられたヒエイはその場に向かう。


 ザンバラ頭の男は千鳥足で、顔を真っ赤にして管を巻いていた。町の人たちはその周りを距離を取って取り囲んでいる。

「コガネ城の者だ。危ないので離れて下さい!」

 ヒエイはそう叫びながら男に近づく。すると男は「来るな! 止まれ!」と言って水魔法を放った。しかし心が不安定なためか形が定まらず、攻撃にならずに消えてしまう。

 けれどヒエイは、男の持つ酒瓶に入っているのがただの酒ではない事に気付いた。


「それ……酔いどれ森の酒か?」

「そうだよ! 全財産はたいて、今日のために用意したんだ! お前らを残らず道連れにしてやるからな! てめぇらが悪いんだぞ!」

 何か事情のありそうな男の話を聞こうとするが、周りを囲んでいた町の人たちから「捕まえろ」「極刑だ」「私らを守れ」などという言葉が飛んできてとても聞ける状態ではない。

 ヒエイは町の人たちに「危ないから結界を張ります」とだけ伝え、男と自分だけを囲む結界を張った。


「な、なにしようってんだ!」

「落ち着いて下さい。事情を聞きたいだけですよ。何かあるんですよね?」

 ヒエイはそう言いながら男を観察する。

 あまりにボロボロで汚れていて歳が分からなかったけれど、ヒエイにはどうも三十に満たないように思えた。


「この結界の外には声は聞こえませんから、全部を吐き出しちゃって下さい」

 ヒエイがそう言って笑いかけると、男は「武器を置け」と言う。言う通りにすると、今度は結界の一番端に座れと言った。

 そうしてやっと男は話し出す。

 それは、町に飼い殺しにされた兄弟の話だった。


 兄弟にはお互いの他に身寄りはなく、生きる術だって兄の方に刀を研ぐ技術があるだけだ。

 しかし兄がまだ十六だった事もあり、仕事はもらえない。それどころか住む家さえなく旅暮らしを強いられていた。

 そんな時にこの町の人たちが二人を受け入れてくれたのだと言う。


「最初は嬉しかったんだ。ドワーフには敵わないが、安く研いでくれるならって仕事ももらえて」

 男は言う。男は、自分は弟の方だと名乗った。

 兄弟は頼まれれば何でもやった。採取にも行ったし、ちょっとした魔物なら退治にも行き、忙しい奥さんの買い出しにも行く。

 けれど報酬は何もない。兄弟はお礼のつもりでいたし、それを気にした事はなかった。

 初めて疑問に思ったのは、旅の途中だというドワーフが兄の砥ぎの腕を褒めた時。

 もちろん兄弟は喜んだ。けれど町の人たちは違った。


「お世辞くらい分かるでしょ」

「この町に置いてやってるんだから、今まで以上に払うつもりはないぞ」

 町の人たちは冷たい顔でそう言ったのだ。

 不信感を抱いた兄弟は町を出ようとしたが、町の人たちはそれを許さなかった。

「貸した金も返さずに町から逃げようとしている」

 金貸しの男がコガネ城に兄弟の事を、そんな風に訴えたのだ。もちろん嘘八百だ。

 けれど力を振るう理由が欲しいだけの城の者たちはその嘘に騙された振りをした。


「諦めて町で暮らそう。今まで通りにしていればいいだけだ」

 兄弟はそう話し合った。

 けれどある時、兄が病に罹ったのだ。医者は戦地に出払っている。しかし兄はとても苦しそうで、今にも息を止めてしまいそうに思えた。

 弟は隣町の医者を呼びに行こうとしたが、逃げられては困ると思った町の人たちがそれを許さない。


「逃げないから医者を呼ばせてくれ!」

「そんな言葉が信用できるものか!」

 そして、兄弟の為に医者を呼びに行ってくれる人は一人もいなかった。


「お兄さんは?」

 ヒエイが男に聞く。

 男は静かに頭を横に振ると、はらりと涙を溢した。

 そこへ、バリン! と破壊音が響いた。町の人たちが魔具を持ち出して結界を破壊しているのだ。


「おい! お前、嘘ばっかり話しやがったんだろう! お前なんかさっさと極刑になればいいんだ!」

 そして怯えた男は体内に溜めた魔力を暴発させた。

 ヒエイの張り直した結界のおかげで町の人たちに被害はなかったけれど、多くの建物が壊れた。

 そしてヒエイも、飛んできた何かの破片で頭を切った。


「す、すまない……すみません、でした……」

 頭から血を流すヒエイに驚いた男はそう言って震える。

「いいんだよ」

 そう答えたヒエイだが、その様子をやって来た他の兵たちに見られてしまった。

「ほう? 暴れて町を壊し、町の人たちを恐怖に陥れ、コガネ城の者に怪我を負わせたか。お前、明日があると思うなよ」

 そしてヒエイが訴え続けた真実は聞かなかったものとされ、男の処刑が決まった。


 それは青い空に花の香りのする風が吹き抜ける朝。

 ヒエイは全てを見届けて城から逃げ出した。

 二十歳だった。


 今さら家に帰れる訳もなく、当てもなく走り続けた。

 安心できるほど遠くへ行きたかった。

 そして打ち捨てられた海辺の神社を見つけ、そこならと逃げ込む。

 しかし本殿のさらに奥にある海岸へ降りてこっそり泣いていると、泣き声がもう一つ聞こえた。


「なにさ! 好きでチンチクリンなんじゃないってのに。見た目と信用は別物でしょうが」

 声のした方を見ると、魔術鎧を買ったあの時のエルフがいた。

「あ……」

 二人で気付いて固まっていると、エルフが言った。

「キノコ食べる?」

 それから少し笑って、二人でキノコを食べて、一緒に旅に出る。


 ヒエイがサツマの噂を聞きつけて酔いどれ森に入るまで、あと一年。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る