ヒエイ語り――3話

 コガネ城の入城試験に合格した時、ヒエイは十九歳になっていた。

 歳の事もあって教育期間、半年足らずで実戦に出される事となる。

 しかし自分より一つ年下の者たちが先輩という事もあり、バカにされる毎日は随分と居心地が悪い。

 さらには、せっかく追って来たサツマの姿も見えない。数年前から長期の任務に出ていて帰らないというのだ。


「おら、とっとと行くぞ。新人!」

「はい!」

 戦場の火煙にむせ返りそうになりながら、ヒエイは敗戦国の兵たちを追って走る。

 入城してから一度も、ヒエイは魔物と戦っていない。斬るのは人間ばかりだ。

 しかしヒエイは、城で学んだ先輩たちとは違って実戦をやむなくされて覚えた技術。先輩たちに見つからないように魔法で敵兵を隠して逃がす事もできた。

 もちろん、手練れの先輩たちが近くにいない時だけだけれど。


 人同士の争いは醜くて嫌いだ、とヒエイはいつも思う。

 だからと言って反発できる力が無い事が悩みの種だった。そしてそれはヒエイの行動の源でもある。

 先輩たちが敵兵を見失っている隙にヒエイは少しずつ魔法を織り交ぜ、辺りの煙を濃くしていく。

 きっとこの機に乗じて逃げ切るだろうと思うと、ヒエイはほっと胸を撫で下ろす。

 いい事かどうかは分からない。彼らが善人ばかりであるとは限らないし、逃げた先で酷い目に遭うのかもしれない。それでも、負けた後で理不尽に殺されるのは間違っているとも思う。これは命令外の行為なのだから。


「クソッ! 逃げられた! あーあ、やめだやめ。腹ごしらえにでも行こうや」

 敵兵を追って走っていた五人のうちの一人が言った。

 これから彼らは、敗戦国の村酒場でただ飯を食らう。


「い、いらっしゃいませ……!」

 店の女の子が上ずった声で言った。

 ヒエイも、暴れるかもしれない先輩たちだけを行かせるわけにもいかずに付いて入る。


 礼儀の度を超えて強者にこびへつらう者、仲間を売る者、脅して成果を横取りする者、そこには様々なクズたちが集まっていた。

 自分は何の為に魔剣士になったのだったか?

 ヒエイはそんな事を考えながら運ばれてきた生温い酒を飲む。

 泣いてはいけない。男の姿なのだし、その姿で泣けば何の罪もない誰かが言いがかりをつけられて罰せられてしまうのだから。


 ヒエイはそうした事をよく分かっていた。理不尽の中で生きてきたのだから。

 酔った振りをして机に顔を伏せ、溜め息を隠す。

 すると、乱暴に店の戸が開けられた。入って来たのは小さな男の子だ。


「大変だ! 外に魔物が来たんだよ! 助けて!」

 店にいる男たちは必死に訴える少年の声を無関心に聞き流し、どんちゃんと騒がしく飲み食いを始める。

「どうしてだよ⁉ 負けたんだから、この村はもう兄ちゃんたちの国のはずだろう⁉ 守ってくれるんじゃないのかよ⁉」

 顔を真っ赤にして訴える少年に「魔物一匹、武勲にもならねぇ」と誰かが言った。


「……このっ!」

 飛びかかっていきそうな勢いの少年を慌ててひっつかみ、ヒエイは店を出る。

「なんだ、新人。ガキに教育か? それなら一緒に行ってやるよ」

 一つ先輩の男が、面白そうとでも言いたげに笑う。

「暴れ足りないんで、魔物と遊んできます」

 男たちはドッと笑い声をあげ、ヒエイに小脇に抱えられた少年は震えている。


 外に出ると、ヒエイは店から見えない場所で少年を解放した。

「命は大事にな」

 ヒエイがそう言うと、少年はぺこりと頭を下げて逃げるように走って行く。

 さて、とヒエイが顔を上げると、村からほど近い先ほどの戦場に龍がいた。

 眩しく感じるほどの白さの龍だ。その大きさは小さな家なんて踏みつぶしてしまいそうなほど。


 なるほど、少年が慌てるわけだ、とヒエイは思った。

 当のヒエイも恐怖で足を動かせずにいる。もしかすると、恐怖というよりは絶望に近いのかもしれない。

 これは隊長に報告してから本格的に討伐隊を組まなければ、と考えている時、ふと視線の先にあったはずの白龍が音もなく消えた。

 どこに行った? と慌てて探していると、まるで霧のように目の前に現れたのだ。

 白龍がその手を伸ばせば、自分なんて次の瞬間にはぺちゃんこなほど近くにいる。


「お前はアズマ国の者か」

 白龍が聞く。

「あ……は、はい」

「仕掛けたのはお前たちの国だな?」

 白龍が戦の事を言っているのだと気付くと、ヒエイは頷く。

「変わらぬのだな。かの娘は今も祈り続けておると言うのに」

 白龍は言いながら、とても寂しそうな目をした。ヒエイにはそう思えた。


「あ、あの……ここへは何をしに?」

 やっとの事で声を絞り出すヒエイ。

「見定めに」

 白龍がそう答えると、店の中からゾロゾロと男たちが出てくる。

「お! すっげぇ、でけぇぞ! こりゃ相当な武勲になるだろうな!」

 言っている事は様々だが、だいたいがそういう意味の言葉を発していた。


「自らの敵も分からぬとは、嘆かわしい者どもめ」

 白龍はそう呟くと空へ消えていった。

 それを悔しそうな顔で見送る男たちは、成果を独り占めしようとしたなどと口々にヒエイを罵った。


「すみません。恐ろしくて声が出なくて」

「なんだと⁉ それじゃあさっきのガキはどこだ! あいつだけでも教育してやる!」

「私が腰を抜かしている間に逃げてしまいました」

 そんな風に言ったのでヒエイは先輩たちに散々な目に遭わされたが、そんな事より白龍の言葉の方が胸に刺さって痛かった。


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