ヒエイ語り――2話

 その日からヒエイは日雇いの護衛をしながら旅暮らしをするようになった。

 いくら腕が良くても女というだけで魔剣士としての信用は落ちる。雇ってもらえるのなら、ヒエイはどんな仕事でも受けた。

 どれだけ遠くまでの護衛でも、例え下心が透けて見える依頼でも。


 そんな生活を始めて四年。危ない目にも遭ってきたけれど、その分だけ実力も付いてきている。未だに受けられる依頼は少ないけれど、女性からは重宝にされる事もある。

 そんな頃、隣国へ荷を運ぶという馬借から護衛を依頼された。日雇いは面倒ごとを避けるため、国を跨いだ依頼は受けたがらないのだと言う。

 一人では荷が重い仕事だったが、それでもヒエイは受ける。


 問題は国境前で起きた。

 国境を越える審査の為に門前で一晩だけ野宿をするのだが、そこを山賊に襲われたのだ。

 門兵たちは国境の向こうの事と言って手助けはしないし、夜な事もあって灯りはほとんどなかった。


 山賊は迷わずヒエイの護衛する荷を狙って来た。

 実力ではヒエイが負けるはずは無かったのだけれど、相手は八人。

 そのうちの一人がヒエイの間合いに入り尻を撫でると、途端にヒエイは恐怖にかられた。

 自分の方が強い事は分かっているのに、動きさえすれば勝てるとは思うのに体が動かない。ヒエイは負けたのだ。


 結局その荷は取られ、ヒエイは近くの洞窟まで奪い返しに行った。

 山賊は一人残らず捕らえて門兵に引き渡し、荷は全て取り返した。

 それでもヒエイは国境を越えたところで契約を解除されてしまう。

 改めて自分の女としての弱さを知り、ヒエイは虚しさに支配されていく。自分はこんなものになりたかったんじゃない。あの日のあの人のように……。

 そう思えば思うほど、自分があの日のサツマの姿からかけ離れて見えてしまう。


 そしてヒエイはアズマ国に戻る気にもなれず、近くの町に泊まる事にした。

 そこは旅商人であるエルフたちの立ち寄るドワーフの国で、町にいる人たちは皆それぞれに自分の仕事をしっかりとこなしている。

 忙しそうに働く彼らの姿を見るほどに、ヒエイは胸がきゅっとなった。


 その時、とあるエルフの露店が目に付いた。

 エルフというのは髪に花を咲かせるスラリと背の高い美しい種族なのだけれど、そのエルフはドワーフとそう違わないくらいの背丈しかなく、一見するだけではエルフとは気付けない。

 けれどそのエルフが髪に咲かせるリンドウの花は可憐で、とても愛おしく思えた。

 ヒエイは自然とその露店の前に足が向いていた。


「いらっしゃい! お姉さん、お姉さん。アタイが売る品は他とはちょっと違うよ。まぁ見ながら聞いてよ! 見て驚き聞いて同情。手に入れるのに苦労したんだから。何てったって縁起物ばっかりだからね。蔵の奥から空の上の物までより取り見取りだよ。それ! それなんか雨の種さ。とある村で神として祀られていた事もあるんだからね」


 そのリンドウのエルフは、ヒエイの顔を見るなり怒涛のように話し出す。

「縁起物か……。それじゃあ、夢が叶うような物はない?」

 ヒエイが聞くと、エルフはポンと手を叩いて後ろに置いていた行李を漁り始める。


「あるよ、あるよ! とある漁師とサメに関する縁起物さ。その漁師には積年のライバルである片目の大サメがいたんだけどね、二人の戦いが十年二十年と続き、とうとう漁師の方が年老いて引退を考え始めた。しかし引退するためには、どうしてもあのサメと決着を付けなけりゃと思い立ち海に出たんだけどね、勝ったんだよ! その漁師が!」

 エルフは白い歯のような物の付いた首飾りを差し出しながら続ける。


「漁師は大サメを討ち取り、ライバルに敬意を払い肉のひと欠片まで無駄にしなかった。これはそのサメの歯さ。漁師にとってライバルに勝つことは夢だったからね。夢を叶えるのにこれ以上の縁起物はないよ!」


「それじゃあダメだよ。私、まだ戦う事だって出来てないもの。門前払いなんだから」

 ヒエイはそう言って泣き出してしまった。

 これは困ったと事情を聞いてみたエルフは、それならと言って古びた皮の鎧を取り出す。


「これはね、伝説と謳われるゲンというドワーフの作った魔術鎧なんだよ。魔術鎧に関してゲンの右に出る者はいないってくらいさ。これをお姉さんにお勧めする理由は一つ。よく聞きなよ。これはね、性別を変える魔術鎧なのさ。男なら女に、女なら男にってね」


 ヒエイは目を見開く。

 エルフはさらに続けた。

「単に見た目がそれっぽく変わるだけじゃないよ。男ならより妖艶な女に、女ならより頑強な男に変わるってわけさ! アタイが自分の体で試したんだから間違いないよ」


「そ、それ下さい! お金はあんまり持ってないけど……」

「毎度あり! そう高いものじゃないから大丈夫さ」

「そうなの? でも、伝説のドワーフなのよね?」


「もちろん! けどね、お姉さんのように志を高く持った人は少ないのさ。誰も男になってまで戦おうとは思わないし、女になりたい男も、鎧をしてたんじゃ台無しさ。というわけだから安いんだよね、その鎧。軽く二百年は前の物だしさ」


 そんな偶然の出会いがあり、もちろんヒエイはコガネ城に向かった。その鎧を付けて、頑強な男の姿で。


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