家に襲われる日――5話

「お前、武器を持って来たか?」

 キビキが聞く。

「あるわよ。行くの?」

「あぁ。危なくなったら一人で逃げろ」


「舐めないでよ。国の人たちの心が歪んじゃったからって、国の精神までが無くなったわけじゃないんだから。アズマ国の魔剣士は、自分だけ助かるような道は選ばないのよ」


 その後で「本当はそうなんだけど」とヒエイは付け足した。

「分かったよ。でも俺の助けは期待するなよ」

「分かってるわよ」


 ピチャン、ピチャンと浅い水の中を歩きながら、キビキは初めて鳥居をくぐる。

 最初の一本道は何もなく、魔物石の一つすら動く気配がない。

 しばらく真っ直ぐ進むと道は右に曲がっており、脇道なども何もない。

 しかしキビキは、その道を右に曲がったところで「あっ」と声を出した。

 ムギだ。ぴっちりと道を塞ぐほど大きな体で枝をざわつかせている。


「動いてるの?」

 ヒエイが首を傾げる。

「あぁ。あいつは魔物石を持っている。だがお前たち人間が言うような魔物じゃないぞ。人を襲ったりはしないし、何より俺の家だったんだ。でもな……」

「でも、なに?」

「全力でじゃれて来るんだ。大きなペットだな」

「危ないじゃない⁉」

「あぁ、危ない。こんな狭い場所で戦えないしな。だから逃げるぞ」


 引き返すのに夢中で、キビキは道の向こうに何があるのかを見はしなかった。それはヒエイも同じで、来たばかりの道を必死に走る。

 けれどムギは体を倒しながら器用に追いかけてきた。

 ムギはいつもこんな所に居たから気付かなかったんだな、などとキビキが思っていると、ヒエイがごめんなさい、と呟く。

 何のことかと思って横を見ると、丁度ヒエイが剣に手をかける所だった。


「枝は落すなよ!」

 キビキは慌てて叫ぶが、元よりヒエイの狙いは魔物石だけのようだった。ヒエイは真っ直ぐに幹の大きな魔物石に飛びかかる。

 しかし慣れていない彼女は、すぐに枝にはたき落された。

「壊せなくてもいいから、お前は枝先の魔物石を狙え!」


 キビキは彼女にそう指示を出し、自分はあの大きな魔物石に向かっていく。何度かやっているうちに、やっとキビキはそれを壊す事ができた。

 ムギは魔物石が壊れ、ぽっかりと空いた穴をすぐに幹や枝で修復し始める。

 今ならいけるかもしれないとキビキは思ったが、こんな地下で家に戻られても困る。悩んでいると、声が響いた。

「何をしておるのだ。さっさと地上に出るぞ!」


 コドラだった。小さな、手の平ほどのコドラだ。

 そしてキビキたちはコドラの案内で、地下の川からにごり酒の森あたりの囲い川に流れ出た。やっとの事で森の岸辺に這いあがった時、ムギはいなかった。逃げたのだろう。


「コドラ。なんであそこに居たんだ?」

 キビキはいつも通りを装いながら聞いた。

「ん? 何故とは? 私は雲なのだ。どこにでも入れるし、どこにでも現れるさ」

「そうか……。まぁ、そうだよな」

「それよりキビキ、危ないから行ってはならんと言っただろう」

「あぁ……。悪い」


 キビキはそれ以上なにも答えられなかった。

 するとヒエイがあっ! と声を上げる。キビキがどうした? と聞くと、見覚えがあったのだと言った。


「でもこんな可愛らしい大きさじゃなかったものね。ごめんなさい、私の勘違いよ。それから、私この森でお世話になる事になりました、ヒエイですよろしくお願いします」


 ヒエイはそこで言葉を切り「あの、鳥居の先が危ないと言うのは……」と聞く。

 けれど彼女の言葉を遮り、コドラが言う。

「私は雲の龍なのだからな。お前がゲンの家に住む事も知っている」

 コドラはそれだけしか言わなかったし、キビキもヒエイも聞けなかった。

 そんな雰囲気を変えたくて、キビキはヒエイに「どうして謝ってから剣を抜いたのか?」と聞いた。


「だって、好きで魔物になったわけじゃないでしょ? それなのに剣を抜くのは、自分が死にたくないからだもん。踏み込んでおいて、勝手じゃない? だからごめんなさいなの」


 それを聞いたキビキは、三人で食べるご飯も悪くないな、と思った。

「じゃあ、夕飯を調達して帰るぞ」

「宝石は止めてよね」

「そっちじゃねぇよ。肉か魚だ。ゲンがさ、そういうの食えって言うから……」

「ふぅん。いいじゃない。じゃあ、今夜は肉がいいな」

 そんな風によそ見をしながら、異変に気付かない振りをしてキビキたちは帰って行く。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る