家に襲われる日――3話

「お前を助けてここまで連れ帰ったのはこいつだ」

 ゲンがそう言うと、女は驚いた顔をしてキビキを見る。

「あ、あの……ありがとう。助けてくれて。私はヒエイだ」

 女は立ち上がりながら、ぎこちなく礼を言う。

「キビキだ」


 こんな事は初めてなので、キビキはついマジマジとヒエイの顔を見てしまう。するとヒエイが「なに?」と訝しそうに聞く。しかしその声にもう怯えはみられなかった。

「お前、どうして俺と会話をするんだ?」

「どうしてって言われても……助けてもらったから」

 ヒエイは聞かれた意味が分からないとでも言いたげな声で答えた。

「でも俺、鬼だぞ? 皆まずは討伐しようとするのに」

 キビキがそう聞くと、ヒエイは「あぁ」と言った。その目が酷く冷たい。


「人間はそうよね。きっと迷わず武器を向けたでしょうね。だから人間が嫌いなのよ」

 本当に汚い、とヒエイは吐き捨てるように言った。

 そこへ、ゲンが煎じたばかりの薬湯を持って来る。

「酔いどれ森の魔素をたらふく吸った薬草で作ってある。飲め。そんでな、俺はお前の着ていた魔術鎧を作った者だ。訳を話せ」

「え⁉ じゃあ、あなたがあの伝説のドワーフなんですか! んん、でも……」

 驚いたと思ったら考え込み、そしてヒエイは黙ってしまう。


「なんの事はない。酔いどれ森には酔っぱらいしかいないんだ。どうせすぐ忘れる」

 ゲンはそう言うと、興味の無さそうな顔で椅子に座り姫林檎の皮むきを始めた。

 キビキもゲンの隣に座り、同じように興味の無さそうな顔をするとヒエイはようやく話し始めた。


「私はアズマ国の魔剣士でした。幼い頃、私が魔剣士になりたいと言うと両親は男女で差別はしない、好きにしろと言ってくれたんです。嬉しかったんです。本当に……。でも差別をしないという事は、決していい事ではなかったんです」


 不意に言葉を止め、ヒエイは俯く。

 キビキとゲンは果物を切りながら続きを待った。


「差別しないという事は、性別など関係なく魔剣士であれという事。女としての一切の甘えが許されませんでした。体力や筋力なんかに違いが出てきても、今さら娘に戻れると思うなよ。お前が決めた道だ、と言われ……。でも確かに私が決めた事なんですよね」


 そして魔術鎧を得たヒエイはなんとか魔剣士として城に雇ってもらい、仕事を始めた。家を出てから両親とは一度も話していない。

 そんな時に、城下町で暴れている男を捕まえたのだと言う。


「その男は髪もザンバラで、とても汚れた格好をしていたので歳が分からかったんです。でも近くで見ると三十にもなっていないような感じがして、気になったのでなんで暴れていたのかと聞きました。その男は酷く怯えていたので」


 男は、ヒエイに武器を地面に置いて遠くに座るように言った。ヒエイがその通りにしたのを見ると、男は今まで町の人たちにされてきた様々な仕打ちの話をした。


「他の人が口や手を出せないように魔壁を張ってたんですけど、多勢に無勢で解除されちゃって……。そしたら男が怯えてまた暴れて……」

 それきり、ヒエイはすっかり黙ってしまった。

「それで、どうしてこの森に来たんだ?」

 キビキが聞く。

「人を探してるの。それから……彼の処刑の日、逃げてきたの」

 少し間を開け、ヒエイがシトシトと訴える。


「おかしいと思わない? 彼を追い詰めた町の人間たちが守られて、彼が処刑されるなんて。城主様にだって全て話したのに、夢現の戯言だって言って……。城の中だって、人間はみんなクズだったわ。他人を貶して楽しんで、憂さ晴らしの為に戦場に行くのよ。守るよりも壊す方が好きで、人の話なんか聞く気もない。人間は……嫌い」


「道を間違えた事に気付かない人間は正す事もできないからな」

 キビキはそう言った。ゲンはそんなキビキに桑の実を差し出しながら「一つの道に固執したりさせたりは無意味だ」と言う。

 どういう意味ですか? と聞くヒエイに、ゲンは「自分の道を行け」とだけ答えた。


「あの……!」

 いきなり、ヒエイが大きな声を上げて立ち上がる。

「私をここに置いて下さい!」

「お前なぁ、この家は見ての通り壁も衝立もないんだぞ。俺の近くで寝れるのか?」

 自分は鬼なのに、という言葉を飲み込んでキビキは訴える。


「もちろん。あの町の人間よりよっぽど優しそう」

 それからキビキはあの手この手で諦めさせようとしたが、ヒエイに退く様子はない。

「養ってやる気はない。食料は自分で確保しろよ」

 そんな風に言うゲンに、ヒエイは「はい!」と嬉しそうに答える。


「おい、ゲン爺!」

「いつの間にか居つきやがる。お前と同じじゃねぇか。なぁ?」

 そんな風に言ってゲンは笑った。

 これは困ったな、とキビキは思う。

 さすがに人間の女と一緒に暮らしたんじゃ、キビキの方が怖くて寝られない。寝首をかかれるかもしれないのだから。


 キビキはどうしたものかと必死に考え、そしてアッと思い至る。

「なぁ、ちょっとヒエイ連れて出かけるわ」

 キビキが言うと、意外そうな顔をしてゲンが聞く。

「どこへ行くつもりだ?」

「見回りだよ。こいつ、絶対一人じゃ森をうろつけないから案内も兼ねてな」

 それを聞くと、ゲンはヒエイに「どうする?」と問う。ヒエイが頷くと、仕方なさそうにゲンは溜め息を吐いた。


「いいだろう。夕飯までには戻れよ」

「分かってるよ。ほら、さっさと行くぞ」

 キビキが急かすと、ヒエイは魔術鎧を付けてキビキの後を追った。

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