ラッカ――4話
ラッカというのはカエルの魔物だ。魔物と言っても暴れたりはせず、サワーの湿地帯を縄張りにしている、湿地帯の主と呼ばれる魔物だ。体は家一つほどもある。
キビキとは水を飛ばし合って遊ぶ事もある気のいい友達だ。
普段は滝壺の底から繋がる地下の洞窟、その中を流れる地下の川を通って目立たず移動する。
「ラッカ……」
キビキは重い気持ちで呟いた。
魔物たちはどういう訳か、突然と暴れはじめる事がある。そうするともう倒す以外に方法はなく、キビキはその度に胸を痛めている。
それは彼らが、悲痛な声で泣くように暴れるからだ。話ができたのならと、魔物石を砕く度にキビキは思わずにはいられない。
滝壺に着くと、キビキは琥珀色のウイスキーの中を泳ぐオタマジャクシに気が付いた。それは人の顔くらいありそうな大きなオタマジャクシだ。
それが数匹、戸惑うように固まって泳いでいる。
「ラッカの子か? なんでこんな所に……」
キビキは後で湿地帯に送ってやろうと思いながら、自分は滝壺に飛び込む。
チリチリと肌が焼けるような感覚。これが魔素だとゲンは言っていた。
ウイスキーを掻き分けずっと底へ。必死に泳いで息が苦しくなり、底なんかないんじゃないかと思い始めた頃、やっとポコポコと空気の上ってくる穴を見つけた。
その穴に体をねじ込むとパッと空気が肺に満たされる。荒く息を吸いながら、ゆったりとした石の坂を少量のウイスキーと共に滑り降りる。
そうして、やっとの思いで付いた洞窟は光を放つ酒の川のおかげで明るい。
いつもなら静かで水滴の落ちる音がピチョンと聞こえる程の洞窟内に、今はドスンドスンと地響きがする。その度に岩がゴロゴロと落ち、静かさは微塵も感じられない。
パシャンと体が川に交ざると、そこにもラッカの子供たちが泳いでいた。
キビキは立ち上がり、ラッカを追って走り出す。
地下の川には何十匹という数の子供たちが泳いでおり、ラッカはここで子育てをしていたらしい事が見て取れた。
壁で時折りもぞもぞと動くのは魔物石だ。こうして自ら動き、岩なんかに擬態し、憑りつく相手を探しているのだろうとキビキは思う。
しかし石の動き自体はとても遅く、分かってさえいれば壊す事はできる。
地下の川は無数に枝分かれしており、キビキはラッカがどちらへ向かったのかを途中で見失ってしまった。
なので、ラッカが棲み処にしている湿地帯へ向かう事にした。
走りながら、キビキはコドラの言った言葉を思い出す。
『仕方なしにでも生きて、生きた意味を掴んでから選ぶ死であるのなら』
キビキはこれが自分の生きた意味だと言えるような事は、これからも一つだってないような気がしている。
元人間。鬼のような姿。体に石を纏う。角の生えた魔物。人間より体が頑丈で魔法が使えない。力が強く体力もある。酒に強いが好きではない。死にたいと言うよりは生きていたくない。そんな奴。それが自分だ、とキビキは思う。
しばらく進むと岩の積み上がる、一見すると行き止まりのような場所に着いた。キビキはその岩をズンズンと上っていく。
岩の隙間から陽が差し込む。そこに近づくにつれ陽が強くなる。天井近くの岩の裏には大きな穴が開いており、キビキはそこから顔を出す。湿地帯だ。
いつもと同じように見える湿地帯にひとまず安堵すると、湿った地面を歩き回る。
そこには水溜りや川があり、美しい花が咲き乱れる。花の蜜を求めて虫たちが集えば、ここを住処に決めたラッカの想いも分かる。子供たちに不自由ない食べ物を。
そういう事だろう、とキビキは思う。
水溜りを覗くと、まだ足さえ生えないオタマジャクシたちが泳いでいた。その奥にはまだ生まれてもいない卵も見える。
「こんな時になぁ……」
もしラッカが魔物石に負けるような、つまり暴走するような事があれば倒さなければならない。キビキはその事が悲しくて仕方がなかった。
だからこうしてラッカを探して宥めに来たのだけれど、見晴らしのいい湿地帯にその姿はない。
どこを探せばいいのかとキビキは頭を抱える。そして、ふと嫌な予感がして湿地帯の端に急ぐ。そこを横切る囲い川の幅は広く、それを渡るための橋はない。あっても体の大きな魔物たちが壊してしまうからだ。
だから人間たちはその都度、船を出す。あるいは岩石地帯の隣を流れる囲い川に点在する大岩を飛びながら渡るかだ。
キビキは木に登ると、人間たちの国の方を注意深く見る。
「あっちには行ってないみたいだな」
そう呟き、キビキは安堵の溜め息を漏らす。
あっちに出てしまえば良いも悪いも関係なく、すぐに討伐されてしまうのだ。
「取りあえず葡萄酒の湖に行ってみるか」
そう言って下りようとしたところで、キビキは足を滑らした。木から落ち、運悪くそのまま水溜りに落ちてしまう。
シュワシュワと弾けるサワーの中に落ちた時、何故か柔らかい物に受け止められる。もがけば右にも左にもそれがあった。ラッカの卵だ。
それも水溜りがそれで埋まるほどの大量の卵。
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