2話
有体に言ってしまえば、僕こと、
とはいえ、幼い頃から続く付き合いだとか、将来を一緒になることを約束しただとか、そういったエピソードはない。たた単純に、幼い頃のたった数年間を一緒に遊んだというだけの間柄だ。
それを幼馴染と呼称していいものか判断が難しいけれど、知り合いと呼べるほど浅くはなく、友達と呼べるほど付き合いが深くはない。喧嘩別れや偶然が生んだ悲しい出来事があって交流を絶たれたわけでもなんでもなく。ただ単純に、周囲の環境の変化やそういった流れに任せていたら、自然と離れていっただけの話だ。
家が近かったから。親が家を空ける夕イミングが重なっていたから。そういう偶然が重なって、僕と那奈……咲沢はたった数年間の友人として過ごしただけだ。子どもの頃のあまりにも短い時間だったから、憶えていることなんてほとんどない。
……と、思っていたけれど。記憶というのは芋づる式に一つ思い出せばズルズルと続けて思い出すようで。
たまたま耳にしたVtuberの声が、あの時の彼女の声に似ていた……という埋由で次々と、思い出なんてものが脳裏に浮かび上がっていた。
「……だからって、展開がうまいこと行き過ぎじゃないか?」
現状へのせめてもの抵抗というか、なんというか。僕は届けに来た荷物……数々の日本酒が詰められた箱を抱えながら、ため息を吐く。
……咲沢の実家の前で。
何度ため息を吐いてみても現状が変わるわけがなく、持っている荷物の重さも変わらない。
僕の実家は古くから酒屋を営んでいて、時折実家の手伝いと称して配達のバイ卜をしている。もちろんその分賃金が安いが、それでもバイ卜禁止の高校に通っている身としては家業の手伝いとして賃金を得られるのだからありがたい話だ。
日々そんな風に都合の良い働き手として重宝されている僕としては、配達先がたとえ交流が絶えて久しい幼馴染の家だとしても断るという選択肢はない。
とはいえ。こうして久しぶりに咲沢の家の前に立つと、妙な緊張感を覚えてしまう。
最後に来たのは……そうだ。咲沢のお母さんが亡くなった二年前だ。葬式に参加して、その後、お線香を上げに来た。あの時は僕以外にも両親がいたけれど、今は僕が一人。
「……まぁ、考え込んでても仕方ないか」
覚悟を決め、僕は『咲沢』と銘打たれた表札が飾られた家のインターホンを鳴らす。玄関のすぐ横に備えられたボタンは、ピンポーンとお手本のようなチャイムを家の中に響かせた。
誰が出るだろうか、と。鳴らしてから思う。仮に咲沢が出てきたらどうだろうか。教室で顔を合わしても、挨拶どころか簡単な会釈すらしない時だってあるのに、いざこうして玄関先で逃げ場もなく真正面から向かい合って、うまく話をすることができるだろうか。あいつが放課後にどこにも寄らずまっすぐ家に帰っているならば、出て来てもおかしくはない。
……いや、別に話をする必要なんてない。僕は配達に来ただけで、咲沢と交流を深める必要なんてないはずだ。最低限の事務的な会話をこなして荷物を渡してさようならと言うぐらいでいい。
「……というか、誰も出ないし」
インターホンを鳴らしてから一分は経ったはずだ。咲沢がそっと玄関を開けて出てくる……なんて想像が現実にならなかったことにホッとしつつ、それじゃ本末転倒だろうと頭を振る。
「この時間なら家にいるって言ってたんだけどな」
いつも配達時間には家にいる良客だから安心しろ、なんて親父が言っていたのを思い出す。とはいえ、一度のチャイムに反応がないのならば仕方ない。僕はもう一度ボタンに手を伸ばし、
「――直接家に来るなって何度も言ってるだろうが!」
そんな怒気たっぷりな叫びとともに蹴り開けられたドアから全力で飛び退いた。
「いや危ねぇな!?」
持っていた荷物の角スレスレにドアが通り、普通は感じることのない風を全身で感じる。勢いそのまま後ろに転げそうになるのをなんとか堪え、危険行為極まりないことをしでかした人物を睨みつける。
「いやほんと危ないな! 何考えてんだあんた! 玄関先に誰かいるかもわからずに蹴り開けるとか――」
「ああぁ?」
「ぁぅ……」
最初は怒りに任せて口走ってた僕の口が、蹴り放たれたドアの先に立ち、がっつり睨みつけてくる人物の鋭い目つきを見て、萎む。
自然界じゃライオンぐらいしか許されてないかなって思うぐらいの鮮やかな金髪に、虎かよ、と思わずつっこみたくなる鋭い目。上は黒いタンクトップだけという露出の強い格好なのに、顔部分の圧力がすごくてそこ以外に目を離せない。
まずここいらじゃ見かけない、ガッチガチのヤンキーみたいな姿なのに、面影はしっかりと残っていて。
「……
「あ? ああ……おまえ、悠里か?」
咲沢菜美。咲沢那奈の血の繋がった七つ上の姉であり、僕とも短い間ではあったが、何度か顔を合わしたことがある。
こんな、外敵を前にした猛禽類みたいな目つきで睨んでこなかったような気もするけど。
「どうした、那奈に何か用事か? 悪いけどあいつまだ帰ってきてなくてな」
「いえ、あの……これを、配達に」
そう言って僕は手に持っていたダンボールの蓋を開き、中を見せる。並べられた日本酒を見た菜美さんはすぐに睨みつけていた目つきをやめ、笑顔を浮かべた。
「ああ、そっか。二木さん所の子どもだったよな。配達ご苦労さん」
「それじゃあ、僕はこれで」
配達物を渡し、僕は愛想笑いを浮かべながら踵を返して立ち去ろうとする。
幼い頃世話になった人とはいえ、別段これと言って話すことはないし、何より格好が怖い。田舎ののほほんとした雰囲気の僕が通う学校には非行に走るような人は少ないから、こういう柄の悪い人は見慣れていないんだ。
「ちょい、待ち」
そんな怖い格好をした菜美さんが、去ろうとする僕の肩をがしりと掴んだ。年上の女性からの積極的な接触でも、僕の心はときめくどころか竦み上がる。
「この後、別の配送の予定とかあるの?」
「いえ、今日はここだけですけど」
「じゃあ時間はあるってことだな」
「いえ、戻って、親父から次の指示が聞こうかと」
「親父さんにはあたしから話しておいてやるよ。ほら、上がって行けって。久しぶりに会ったんだから積もる話もあるだろ」
「いえ、別に、これといって積もってないんですけど」
話を聞く気はないのか、僕が何を言ってもケラケラと笑いながら菜美さんは僕の肩を離さず、それどころか腕を掴んで僕を家へと上げさせる。有無を言わさないその力強さに、僕は振り払うこともできず靴を脱いだ。
「飲むか?」
「飲みませんよ」
唯々諾々と従って居間まで通されてテーブルにつかされている僕だけど、配達してきた日本酒の瓶を掲げて問いかけてくる菜美さんに対してそれだけはと首を振る。
「酒屋の息子が酒飲めないの?」
「飲めないし飲まないし飲ませないでくださいよ。ただでさえ酒屋の息子ってだけで未成年飲酒を疑われやすいんだから」
そう言って断る僕を見て、菜美さんはまたケラケラと笑う。見た目の割に話す時の物腰は柔らかく、過去に抱いていた印象と相違ない。よく笑い、よく話す人だった。
……昔は、似ていたんだよな。
「しっかし、久しぶりだね。元気にしてた? 学校はどう? 彼女いるの?」
「矢継ぎ早過ぎますよ。もうちょっと絞るか僕に答えるタイミングをください」
菜美さんの見た目にも慣れてきた僕は、注いでもらった透明な液体を口に入れる。この期に及んで日本酒を注いでくるかと警戒していたけれど、中身は甘い炭酸水だ。
「特に変わりありません。だいたい、最後に会ったのだって二年前なんだから、そんな変わることないですって」
あの頃の菜美さんは喪服を着ていたし、今みたいな明るい髪の色ではなかったことはたしかだ。状況も状況だったからあの頃と雰囲気を比べるのも変だけど。
「母さんに線香上げに来た時だろ? あれから二年経つんだから、何があってもおかしかないって。で、彼女はできた?」
「絞った質問がそれですか……いませんよ」
僕の答えの何が面白いのか。菜美さんはまた笑いながら自身の持つコップに並々と日本酒を注ぎ、座りながら一息に飲み干した。テーブルの上にドンと置かれる一升瓶の残量を見ると、たぶん、すでに一杯目ではなさそうだ。
「へぇ意外。あんた、顔は悪くないんだから積極的に行けばなんとかなりそうなのにね。性格だって、昔より明るくなったのに。ああ、でも声はあんまり変わってないな。声変わりを迎えてその高さなのは立派な才能だよ」
コンプレックスを才能と言われても、普通に反応に困る。地声の音の高さについて自分から言及するのも嫌だったので、それについては触れないようにしよう。
「昔の僕って、そんな明るくなかったですか?」
「別に今だって明るいってほどではないけど、今よりは暗かったんじゃない?」
また一息でグラスの中身を飲み干す菜美さんは、サラリとした口調で嘘を言っているようには見えない。僕自身、性格が明るいつもりも、かといって暗いつもりもなかったけど……変わった、と言われるのは予想外だった。
「まぁそんなことはいい。で、何か楽しいことないの? 学校で流行ってることとか教えてよ。仕事柄、そういうのに敏感になってないといけなくてさ」
「……というか、ペース早いですね」
僕が会話を続けるよりも、菜美さんにお酒が飛び込んでいくペースの方が早い。それでも 菜美さんの顔色も口調も変わっていないのが、むしろ不安だった。
「ようやく締め切りから解放されたもんだから、酒がうまくてしょうがないのよ。で、なんかないの?」
「流行ってるもの、ですか……」
有名なテレビ番組や、映画、漫画といった娯楽品の名称が頭の中に浮かぶ。とはいえ、そんな流行りについては、ネットで検索すれば出てくるような情報だ。わざわざ僕に聞かなくても自分で調べられるだろう。
「あんたの周りで、Vtuberとか流行ってないの?」
答えに悩む僕の顔を覗き込むように、菜美さんの虎のような瞳が向けられる。
「……まぁ、流行ってるんじゃないですかね」
Vtuber。その言葉を聞いて、どうしても脳裏には今日、久志に教えられた存在が浮かび上がる。
「それで、仕事柄気になるって言ってましたけど、菜美さんって今なんの仕事をしてるんですか?」
浮かび上がった存在は、決して疎ましいものじゃないけれど。少なくともこの家の中で浮かぶことは落ち着かないから、僕はそう言って話を変える。僕の質問に菜美さんは前のめりだった姿勢を正し、椅子から立ち上がった。
「こんなナリをしてるけど、仕事は結構方向性違うんだよね」
自身の恰好が、まぁ言ってしまえば社会人にそぐわない自覚があるのか。苦笑を浮かべながら菜美さんは大判の……スケッチブックを手に、テーブルに戻ってくる。
「こういうのを書いてる、駆け出しのイラストレーターってわけ。『咲菜』、って名前でやってる」
テーブルに置かれたスケッチブック。その紙面に描かれている黒い線の集合体……ラフ、と呼ばれる絵の下描き。僕のようなただの消費者側でしかない人間では、見ようとしなければあまり目にすることないもの。
完成には遠い、練習のような、思いつくまま描き殴ったような。それでも、素人から見れば卓越した技術を持って描かれているであろう、絵の始まりの線。そこからでも、完成した時の絵柄というものが浮かんでいて。
その隠しきれていない個性で描かれた完成品を、僕は今日見ている。
「――芹沢、なずな?」
思わず、その名前が口から漏れる。
「……やっぱり、あんたは気づくんだね」
顔を上げ、菜美さんを見る。口元はニヤリと笑っていて、目も、嬉しそうに爛々と輝かせていて。
「ちょっとお願いがあるんだけど、聞いてくれない?」
呷り、また空にしたコップのロを僕に向けて、断られることを考えてない瞳で問いかけてきた。
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