60話 送力と走力

 数日前、ベンチ入りメンバー発表時。


「大翔君、クリーンナップ。期待してるわよ?」

「はいっ!!」

 胸を叩きながら、9番の背番号を佐藤先生から貰い、感慨にふける大翔。


 守備は決して上手くなかった彼は、昨年の秋の大会では一桁の番号を手にすることはできず、ベンチからの応援に回っていた。

 

何もできないまま、応援空しく、1回戦で松尾高校は簡単に負けてしまった。


 それから、大翔は、ウエイトトレーニングを中心に肉体改造に踏み切った。雪国ならではの雪かきも筋トレの一環として積極的に取り組んだ。健全な精神には健全な肉体が宿る。


 結果、春を迎えた頃には部内一の逆三角形の厚い胸板を手に入れた。


◇◇


 ヴォオオンッ


 自信を持てるほど実績を出したことがあるわけではない。しかし、自身のスイングの音が、彼の背中を後押しする。


 カキィーーン


 気持ちがいいスイング音には自信が宿る。自信を持って振りぬくスイングには結果が宿る。彼はようやく、高校3年生にして野球の、バッティングの面白さを垣間見ることになる。


 「よしっ」

 前回の試合では4タコだった、今回は綺麗にライト前に落とし、1塁へ走る。


「うううおりゃっ」

 しかし、守備に付いていた三塚高校一年ノボルも気迫を見せる。捕ったボールを思いっきり1塁へ投げる。


  パアアアアンッ


「アウト!!」

「えっ」

 ショックを受けている大翔をよそに3塁スタンドから拍手が沸き起こる。1塁コーチの小林淳が背中を叩く。


「おせーよ足!!」

 センターを守っていた淳。同じ小林で鉄壁の左中間にしようぜ、と約束していたが、2試合目はスタメンを外れた男。


「悪い・・・」

 もう一度、パンッと背中を叩く。


「切り替えてけ、打点1だ。大翔。俺らは挑戦者だ、飲まれんなよ?」

「おうっ」

 ベンチ前でホームに犠牲フライでタッチアップして帰還した真田とハイタッチをして、一緒にベンチに入っていく。

 仲間が大翔をイジるように強めに叩きながら迎え入れる。


「4番ライト鈴木君」

「しゃっす」


 カッキーンッ


「なっ」

 今度はセンター方向に大きく飛んでいく。鈴木は初球から迷わず振り抜いた。

「うおおおっ」

 

 シュッ

 

 センターのワタルが真後ろへ飛び込む。


「どっちだ!?」

 1塁側の松尾高校ベンチにいた選手は体を乗り出して見る。


 スッ


「アウト!!」

 ワタルがボールを捕ったグローブを上げる。


「さっすが!!」

「にいちゃん!!」

 カケルとノボルが両翼からセンターのワタルの元に駆け寄る。


「へへっ。どうだ」

 カケルの手を借りながらワタルは立ち上がる。


「さぁ、こっからだ!!」

「おうっ」

「うん」

 ワタルの力強い声に二人は頷く。


「1回の裏。1番センター犬飼渡君」

「お願いします」

 ウグイス嬢というには可愛らしいどこかの高校の放送部の女子高生がアナウンスすると、先ほどファインプレーをしたチームの要、ワタルが打席に入る。


「さぁ、締まっていこう!!」

 真田は全体に声を出す。

 

 マスクを被り、ホームベースに戻り座り込む。

(さぁ、お披露目だ、恋)

 真田は高めのストレートを要求に頷く。


 バァアアンッ


「えっ」

「ストライクッ」

 ワタルは全く反応できずに驚く。


「はやっ」

 3塁ベンチのカケルが半笑いをする。


「まぁ・・・でも・・・ワタルなら捉えるっしょ」

 隼人も半笑いでグラウンドを眺める。


「ふーっ」

 ワタルは息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

(左対左。出所が見ずらかったとはいえ・・・) 

 それを見て、真田がサインを出す。


 バァアアンッ


「ストライクッ」

 ワタルのスイングが振り遅れ、アウトハイに決まる。

「いいよ、いいよ。その感じ」

 真田が嬉しそうな声でボールを返すと、恋も嬉しそうな顔でボールをキャッチする。


 ―――3球目


 ビュンッ


 恋から投じられたノビのある球。


 スッ


 ワタルがバントの構えをする。

 それに合わせて、郷田と橋田がチャージを始める。

(こっちはそちらさんのチームの特性を把握してるんだよ)

郷田が生きようようと加速していく。

 

 スッ


 バットに沿えた左手を再度グリップの上部まで滑らせる。

「なっ」

 驚く橋田は郷田よりも先にブレーキをかける。


 コーンッ


 振ると押すの中間ぐらいのようなスイング。

 ワタルは下半身を使わず、上半身の回転の力と腕の力でスイングする。

「くっ」

 ボールは橋田の頭をわずかに超えていく。


 バシッ


「任せろ!」

 バスターの可能性も頭に入れてポジショニングしていたショートの馬場がサードのカバーをしながらキャッチし、逆シングルで捕る。


 体制が崩れながらではあるが、素早く一塁のカバーに入った江頭に投げる。


 パンッ


「セーフッ」

 パチパチパチッ

 3塁側のスタンドから拍手が沸く。


「くっ」

 スタートがフライング気味だった橋田の裏を掻いたプレー。

 橋田は焦ってしまったことを反省する。

(これが、ベスト8レベル・・・)

 三塚高校の視野の広さ、落ち着き、経験、技術を痛感する。


「橋田先輩っ」

 真田が橋田に声を掛ける。


「慌てなくても、橋田さんの肩なら大丈夫ですよ」

 真田は親指を立てる。


「おうっ・・・」

「さっ、一つずつアウト取っていきましょう」


(上手く打ったつもりだったが・・・)

 ワタルは恋を見つめる。


「2番、セカンド平良君」

「お願いします」


「リーリーリー・・・」

 1塁コーチャーが声を出す。

 恋も1塁を見る。


 シュッ


「セーフッ」

 ワタルはゆうゆうと戻る。

 

 ビュンッ


「ボールッ」

 ストライクゾーンを狙ったボールは上に外れる。


「リーリーリーリー・・・」

 ワタルは先ほどより、半歩リードを大きく取る。


 ビュンッ


「ボール」

 同じようなコースにボールが外れる。

「タイムお願します」

 真田がマウンドへ行く。


「恋———」

 真田が声を掛ける。


「ヤバイっ」

 恋が引きつった顔をする。


「ランナーなら・・・」

「ヤバイ、ヤバイ」

「試合で緊張してるの?」

「どーしよっ、調子よすぎる」

「えっ」

 真顔の恋。

 真田は想像と違う恋の言葉に笑った。


「なんだ、びっくりした。驚かせないでよ。てか、それならちゃんとストライク入れてよ」

「はーい」

「まぁ・・・安心した」

「ん?」

「緊張してるのかと思って」

「緊張?」

「うん」

「してるよ」

「そうは見えないけど?」

「それはだって、朗に私のピッチングのいいところを見てもらおうと頑張ってますから」

「そっち!?」

「どっち・・・?」


(まぁ、そんな殊勲な性格じゃないもんな)

「昔は緊張したけど、今はだいじょーぶ。だって、朗と一緒だもん」

「そろそろ時間だ」

 審判が寄ってくる。


「あっ、はい」

 真田は振り返って返事する。恋に気づかれないようにニヤケながら。


「恋」

「ん?」

「ランナーは任せて。クイックはまぁ・・・できる範囲で」

「りょーかい」

「フォークは当分使わないから・・・生きのいいストレートよろしく」

「うん」

 恋の笑顔を見て、真田はホームへ走って行く。


「リーリーリーリー・・・」

 恋は一塁方向をぼやっと見る。目を合わせることはしない。目を合わせてしまうと、どの程度自分がランナーであるワタルに意識が行っているのか、意識が切れるのか、自身の心理を読まれてしまう恐れがあるからだ。ぼやっと、ファーストの郷田が構えるファーストミットの位置とワタルの動きや位置を把握する。

 対して、ワタルは恋のある一点を見つめる。足を使ったチームの一番バッターとして、今の数球でスタートを切る目付を決めた。

 

 恋とワタル。


 お互いが相手を意識しつつも、互いの目線が交差することはない。


 恋が動く。


 ワタルはある一点の動きで牽制でないと判断し、2塁へ向けてダッシュを始める。


 スッ


 バッターである平良がバントの構えをする。


 真田は腰をすっと浮かせて、バント処理と送球に備える。


 スッ


 ボールが触れるぎりぎりを狙って、平良はバットを引く。


 パンッ


 タッタッ

 シュッ


 平良の動きを無視したように真田は捕ってすぐに投げる。

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