59話 寝起きのケルベロス

「プレイ!!」

 隼人がゆっくりと投球モーションに入る。


 パァアン


「ストライクッ」

 

「ナイスボールッ」


 パァアン


「ボール」


「出所が見づらそうだな」

 橋田が呟く。


「右のサイドスローのクロスファイヤー。角度すごそうですね。右打ちだと辛いかもしれないっす」

 郷田が答える。


 隼人はプレートの右端に立ち、そこから左バッターの村上のインコースへストレートを投げる。


「うっ」

「ストライクッ」

 手の甲に当たるのを恐れ、バットを引いてしまった村上の顔は険しい。


 シュッ

 

  隼人の力の入ったストレートが今度はキャッチャーのアウトコースに構えたミットを目指す。

 それに合わせて、村上が左手を滑らせながら、重心を低くする。

 

 コツンッ


 シュタタタタッ


「セーフ」


「セーフティーバント・・・」

 セーフティーバントに反応したサードの安藤も足が速かった。


 しかし、その完成された無駄のない動作で一塁に到達した村上に対して、彼の肩では間に合うことができなかった。


「あいつ・・・、野球やってたのか」

 真田は思わず声をもらした。

 

 真田の『野球をやっていた』とは野球をしたことがあるという経験の話ではない。野球部として、研鑽を積み上げてきたことを指す。


 全国の数多くの選手を見てきた選手を目の当たりにし、陸上を村上に共にし、彼の脚力を一番良く理解していた真田ですら驚き、見惚れた。


 真田だけではない。


 三塚高校の売りは走力である。


 試合形式の練習をしていても、当然セーフティーバントを試みる選手も多く、守備に関しても反射的に体が反応する。セーフティーバントでセーフをもぎ取るのも、アウトにする能力についても県でもトップクラスである。

 

 2ストライクまで手が出なかった1年生の村上を見て、多少は気が緩んでいたかもしれないが、あまりにも綺麗に決めて走る姿に彼のセーフティーバントに守備を行っている三塚高校のメンバーも一瞬見惚れてしまったのが、セーフになった一番の要因だったかもしれない。


「2番キャッチャー。真田君」

 真田は守備陣を見渡す。

 

 バントはさせない。


 三塚高校の守備陣の選手の顔には緊張はない。そして、身長がそれなりある真田だったが、まだ身体は出来上がっておらず、顔立ちからも一年生であることは三塚高校の選手たちにもはっきりわかった。

 

 自分達の十八番である走塁によるヒットを名も知らない公立の進学校に先にやられてしまった屈辱が、彼らから余計な雑念を払い、

守備に気合が入っている。


 唯一人、村上や真田と同じ1年生で、初出場のそわそわした大男を除いて。


(少し前に意識がいってるかな)

 真田はバットを見つめて、構える。


(一球目狙ってみますか)

 シュウウウッ


 アウトコース逃げる球。

(シンカーか。でも・・・)


 カキーーンッ


「なっ」

 真田はアウトコースのボールを踏み込み、思いっきり引っ張る。

 セカンドベース寄りに守っていたファーストがライン際を進むボールに飛びつく。

「くっ」

 一塁塁審がヒットを示す。


「回れ!!」

 一塁ベンチが叫ぶ。


 村上、そして、真田が全力疾走で走る。


 ライトを守っていたノボル。ノボル自身もセンター寄り守っていたため、急いでボールを追う。ライトの深いところで球足が遅くなった転がるボールを掴もうとするが、しぶとく転がり、腰を落として相撲取りのようなステップを踏みながら捕球体制に入るが、ノボル自身の動きも遅くなり、なかなか取れない。ようやく追いつき、ノボルが振り返る。


「えっ」


 ランナーの真田は2塁を蹴り、村上はホーム付近にいる。


「ノボル、サードだ。投げろ!!」

 センターのワタルが叫ぶ。


「オオオオオッ」

 

 ノボルが思いっきり投げる。


 ビュオオオオンッ


「なっ」

 三塁コーチャーの橋田が驚く。

 ビームのような送球が三塁にまっすぐ飛んでくる。

 慌てて、両手で真田に滑り込むようにサインを送る。真田もそれを信じて、滑り込む。


 パンッ


「くっ」

 サードの安藤がジャンプして捕り、滑り込む真田にタッチをする。


 審判を二人が見る。審判はじーっと観察する。


「セーフッ」


 大きく両手を開いてセーフを宣告する。


「おおおおおっ」

 一塁側が大いに盛り上がる。


「なんじゃと」

 三塁側スタンドに座っていた老人が呟く。

 老人だけではない、スタンド全体が驚きでざわつく。

 走力で実績を積んできた三塚高校が後攻とはいえ、足で点を稼がれ、チャンスを広げられる。まるで、三塚の攻撃を見ているようだと感じたからだ。


(にしても・・・)

 真田はライトの同学年ノボルを見つめる。

 打球処理が、もたついてしまったノボルは青ざめた顔をしていた。


「おい、ノボル」

 ワタルに声を掛けられてびくっとする。


「ナイス、遠投じゃ」

 兄であるワタルの落ち着いた表情にノボルもほっとする。

「兄ちゃん・・・」


「3番レフト小林君」

「お願いします」

(俺だって・・・)


 ―――1ストライク、2ボール

 3球目。

 カキーンッ

 小林は外に逃げるスライダーをきれいに流し打ちしたボールは再度、ライト方向を襲い、ライトの前に落ちる。

「よしっ!!」

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