マウンドと恋人は譲れない。

61話 分析力

　ザザーーーッ

　パンッ

　ショートの馬場とランナーのワタルが2塁塁審を見る。2塁塁審は現場となったタッチ部分をじーっと見つめ、

　バッ

　大きく右手を振り下ろす。

「アウト！！」

「うおおおおおっ」

「くっ」

　湧き上がる1塁ベンチと悔しがるワタル。ワタルは砂を払って、ホームベースにいる真田を恨めしそうに見つめながら、3塁ベンチに戻る。

「ナイスタッチですっ。馬場先輩！！」

　馬場はボールを恋に返し、少しじんじんするグローブを掲げて、真田の声に応える。

　馬場は試合前の真田の言葉を思い出す。

「馬場先輩、江頭先輩！！」

　ベンチで真田が二人の名前を呼ぶ。靴紐を結んでいる馬場は顔を見上げ、上半身のストレッチをしていた江頭は動きを止める。

「なんだ？真田」

　江頭が返事をする。

「今日なんですけど、盗塁たくさんあると思うんですが、タッチ気を付けてください」

「おう」

　江頭が返事をしてストレッチを始める。それを見て、馬場も靴紐を結び始める。

「あの、えっと・・・ですね。多分スライディングでグローブを蹴ってくるかもしれません。審判に注意されないぐらいのところで。そういうのも大丈夫ですよね？」

「そこまでするか？」

　江頭がありえないな、と笑ってくる。

「あると思います。特に1番バッターの選手。なので、しっかりボール放さないようにしっかりグローブで握ってくださいね、絶対ですよ？絶対ですからね」

（ふーっ、アウトにできて良かった）

　馬場は痛む左手が勲章のように感じながら誇らしく、達成感に満ちた顔をしていた。

「おい、ワタル」

「はい」

　ベンチに帰ってきたワタルに橋場監督が声をかける。

「盗塁はできそうか？」

　失敗したワタルに対して、橋場はすぐにできるか聞く。そこには、他意はなく、なんで盗塁なんかしたんだ馬鹿ヤロウといった皮肉は一切ない。

「現状はリスクが大きすぎるかと思います」

「お前はあのピッチャーのくせを見抜いたと思ったが」

「はい。それにクイックも速くなかったのでいけると思ったんですが」

　ワタルと橋場監督は真田を見る。

「キャッチャーの送球で相殺か」

「それに、タッチをリードするような正確なコントロールでした」

「うむ」

　橋場監督は少しに口元を緩める。

「バッテリーは1年生のようだが、落ち着いているようだ。特にキャッチャー。そして、ピッチャーの方も憎たらしい良い球を投げおる。はてさて、進学校だったはずだが・・・」

　橋場監督はバッテリーを見る。

「まぁ、いい。崩せるところは他にもあるのだから」

　橋場監督はグラウンド全体。松尾高校のナインの表情を眺めて、ほくそ笑んだ。