57話 温故知新
放課後の松尾高校グラウンド。
「ばっちこーい」
「うぇい」
カキーンッ
バシッ
シュッ
パンッ
一回戦を勝ち上がり、緊張を楽しむ余裕、自分達で勝ったという自信。3年生中心にいい雰囲気で練習に臨む松尾高校の選手たち。
「ナイスバッチ!!」
別の場所では矢沢が気合を入れて、声を出している。
大会期間中はベンチ入りしたメンバー以外、特に1年生は声出しや、球拾いがやるべき役割。矢沢はその中でも一番気合が入っている。
昨日の初戦を1番の背番号を背負って投げ切った持田は隅の方でストレッチや軽めの練習をして調整している。
バァァァンッ
そのエースの持田の代わりにマウンドで練習している18番を背負ったピッチャーは赤いポニーテールを揺らしながら躍動感のあるフォームで2番を背負ったキャッチャーに投げ込んでいる。
「だめだよ、恋。フォームが乱れてる」
真田はボールを返す。
「今日は調整だけって約束だよ?そんなに思いっきり投げないで。今はフォームの確認だよ?ストレートとフォークのフォーム整えないと打ち込まれるよ」
真田は口うるさくなっていると自覚していたが、張り切り過ぎている恋を注意する。
「むー」
「じゃあ、今日はもう受けないよ」
不貞腐れる恋を見て、マスクを外しながら真田が立ち上がる。
「やだ、やだ~」
恋が首を振って嫌がるのを真田がじーっと見つめる。
「わかりました・・・ちゃんとやりますぅ~」
(窮屈だなぁ)
「鬼軍曹・・・っ」
「なんか、言った!?」
「なんでも、ないです!!」
恋は投球モーションに入る。
「そこっ!!」
「くっ」
シュッ
フォークボールが真田のミットに収まる。
「だめだよ、肘が下がってる」
「はーい・・・」
もう一度恋がボールを投げる。
パァン
「今度は気迫がないよ」
「は~い!!」
今度は真田はストレートを、要求する。
パァアン
「ナイスボールっ!!それっ、その顔。フォークでもその顔だよ」
真田の言葉に仕方なく返事だけする恋。
パァアアンッ
ストレートを要求したら、満足そうに良い球を投げる恋。
(んー、表情、気迫、精度、球威。まぁ、球威は別にしていろいろに落差がありすぎだなぁ・・・。やっぱり、この前が僕を歓迎するためだけの特別だったか・・・)
恋はまだまだ未完の大器であり、真田はじっくりと1年後、2年後に向けて育てていきたいと思いつつ、次の試合が控えている中、最低限マスターすべきことを叩きこむ。
(例え、苦手だったり、嫌なことでもピッチャーとして大成するためには避けられないことだしな)
「さっ、恋。もう1球。意識して投げてみて」
「はーい、わかりましたよー」
真田のフォークのサインに恋は頷き、投球を続ける。次の試合に備えて調整するために。
外野守備練習。
「さぁ、こい!!」
村上が声を出す。
キーンッ
タタタタタタッ
「はいっ!!」
リズムを合わせて、声を出しながら、飛び込む村上。
ザーーーツ
パシッ
「よっしゃ」
村上はその広い外野を快速を飛ばして、スライディングキャッチをする。
一年で3人。
真田と恋。そして、俊足の男、村上がベンチ入りを果たした。
「へいへい、ばっちこーい!!」
「ナイスキャッチ村上君」
「・・・ナイスキャッチー」
元気よく応援する小松と、複雑な顔をして声が小さくなっている矢沢。
2人はベンチ入りすることができなかった。
矢沢はライバル視していた村上がベンチ入りしているのを素直に応援できないでいた。
「矢沢君・・・」
「松尾こおおおーー・・・」
「ファイ、オー!!」
小松の声に矢沢はわかったよ、といった顔で応援の声を張り、1年生が声を出す。
佐藤先生は全体を見て、生徒たちの状態を確認する。
「全員集合!!」
それぞれが練習を止め、佐藤先生の前に集まる。
「みなさん、いい顔していますね。しかし、これから戦うチームはうちと同じように勝ち上がったチームかシード校のチームです。気を引き締めてください」
「はいっ」
「いい返事です。次に対戦する三塚高校は昨年ベスト8のシード校。強豪校ですよ」
「はいっ!!」
部員全員が自らを鼓舞するように声を出す。
「機動力野球といえば三塚高校。三塚高校と言えば機動力野球。ここ最近、走塁に力を入れていて、安定した成績を残しています。そして、犬飼兄の得点力と犬飼弟の決定力。今年はベスト4、確実と言われています」
選手全員が黙る。
佐藤先生は選手の顔を見渡す。
真田や恋、村上を中心に勝つ気満々の顔をしている者。
橋田や持田を中心にその事実を粛々と受け止めつつも乗り越えようとする者。
自信がなさそうに俯いたり、目が泳いでいる者。
「こほんっ」
佐藤先生が咳払いをすると再び、部員全員の目線が佐藤先生に集まる。
「確実なんて・・・ありません。言わせません!!私はみなさん全員が力を出し切れば、決して勝てない相手ではないと思っています。チーム一丸となって試合に臨みましょう!!」
「はいっ」
「ではスターティングメンバ―を発表します・・・」
佐藤先生の言葉に部員達の目の色が変わる。
「1番・・・」
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