56話 松尾高校の評価
長野オリンピック公園球場
松尾高校 対 松岡穂積高校
佐藤先生は、3年生中心のチームで初戦を戦うことを決めた。
試合の先発投手は3年生の持田。持田の希望でマスクは郷田が被ったが、あとのスターティングメンバ―は全て3年生で固めた。
試合展開は順当だった。
持田・郷田バッテリーは序盤の2回に1点失点するも、3年生中心の打線が奮起し、4回、5回にそれぞれ1点、3点と取り返す。前半少し浮ついていたボールも落ち着きを取り戻した持田は粘りの投球で9回2失点でまとめ、4対2で勝利する。
七海の予想通りの結果になった。
「ナイスピッチです」
「おう」
マウンドにかけよった郷田に、ホッとした気持ちと喜びを少し滲ませた顔で持田が右手を差し出す。郷田も嬉しそうに右手をズボンで拭いて差し出して、二人で握手を交わす。
完投した持田はまだまだ余裕のある顔で嬉しそうな顔をしていた。
(まぁ、たまたまだろうけど・・・)
ベンチから顔を出してまで、もう一度顔を見ようとは恥ずかしくてできないが、真田は踊っていただろう七海のことを思い返していた。
「むー、出たかった」
「まぁ、まぁ」
恋が文句を言うのを、真田は抑える。
ベンチに帰ってきた出場メンバー。
3年生として自分たちがようやく主役として、舞台に上がり、やるべきことをやって勝てたメンバーは意気揚々としてベンチに返ってくる。
ベンチのメンバーや佐藤先生が立ち上がってハイタッチをする。
「持田君」
「はいっ」
佐藤先生が呼ぶと持田は元気よく返事をする。
「お疲れ様。ナイスピッチング。ちゃんと、クールダウンをするのよ」
「はいっ!!」
生き生きとした持田の顔を見て、恋が不機嫌な顔をする。
「次は負けませんから」
「おいおい」
真田が止めようとするが、持田に近づいて喧嘩を売る。
持田もぽかーんとした顔をしていた。
「おう、頑張ろうぜ」
持田の達成感のある笑顔で返事をされたことで、恋は拍子抜けした顔になった。
持田は自分の道具を片付けてを再開した。
「ねぇ。あの子と試合前・・・何話してたの?」
恋が真顔で、目を合わせずに真田に聞いてくる。
「あの子って・・・?」
恋は答えない。
真田も『七海』のことだと思いつつ、聞き返した。
それを恋が何も答えないのは、自白しなければならないといった変な罪悪感を与えた。
「うーんと、なな・・・星川さんのことかな」
白々しいと思いながらも、真田は尋ねるがそれでも恋は何も言わない。
「まぁ、たいした話してないよ」
真田は安心させようと微笑む。しかし、夏の暑さのせいか、日陰のベンチだったが汗をかいている。
「そう」
恋はぽつりと答えるだけだった。
真田が荷物をまとめ、矢沢と小松達と球場を後にしようとした。
今日の試合のことなどを雑談ながら、ロビーのあたりを歩いていた。
「松尾高校。まさか、あんな逸材がいるとは・・・」
「あぁ・・・すごかった・・・」
よその高校の生徒が話しているのに真田たちは気が付く。
矢沢は真田に肘で合図を送る。
試合に出ていたわけではないが、誇らしい気持ちになる。
「なんなんだよ、あのチアの子!!可愛すぎやろ?」
「だよな、だよな!!踊りも可憐っつうか、こぉー」
身振り手振りで盛り上がっている二人。
「連絡先聞きたかったー」
「いやいや、無理だったろ?なんか、女子の団結っていうか・・・」
「いやでも、動かなきゃかわんねーだろ」
「まぁ、そうだよな」
「お前、ちゃんと試合見てたか」
「いや、彼女に夢中で・・・」
「おい、しっかりしろよ」
「わり・・・って、お前もだろ」
「ばれたか。なははははっ」
ふざけ合う他校の二人、真田達3人はそれを呆れたような顔で、じーっと見つめていた。
「まぁ、次の松尾高校も余裕っしょ」
「あぁ、別に際立った選手もいないし、打線も投手もまぁうちの敵じゃないな」
「ってあんま見てないけどな」
「ははははっ。いてっ」
矢沢がいつの間に形相で彼らの前にいた。
「おぉ、わりっ」
笑っていた選手が謝り、ぽんっぽんと矢沢の肩を叩いて立ち去ろうとするが、その手を矢沢が掴む。
「おっ」
まさか腕を掴まれると思っていなかった選手はびっくり声を出す。
「松尾高校は強いっすよ」
矢沢が仏頂面で淡々と言う。
「おっ、おう。そうか」
矢沢に腕を掴まれた選手が半笑いをしながら、相槌を打つ。隣にいた選手は笑いを堪えながら掴まれた選手を指差す。
「そろそろ放してくんねぇ」
「・・・」
矢沢は腕を離す。そして、二人は歩いていく。
「あっ、そうだ。」
腕を掴まれた選手が振り返る。
「弱い犬ほどよく吠えるってな。はははっ」
二人はそのまま行ってしまう。
ちらっと3人の目に彼らのバックに次の対戦相手の高校名『三塚高校』と書かれていた。
真田がぽんっと矢沢の肩を叩く。
「僕は、不言実行よりも有言実行の方が好きだよ」
「なら、勝つよな。次の試合」
「あぁ、もちろん」
真田は二つ返事で答えた。
「次の試合、必ず勝つよ」
矢沢と真田は三塚高校の選手の背中を闘争心むき出しで見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます