12話 ポジションを奪う責任

「次、打順じゃないの?」

 真田が指摘すると「はぁー」と恋はため息をして、ネクストサークルへ行く。

 真田もグローブを外してベンチへ帰る。


「次の回、キャッチャーできる?真田君」

「えっ?」

 佐藤先生とその隣に目を合わせない、郷田がいた。

「でっ、でも…左利きですし」

「なっ・・・。できんのか?」

 郷田は目を合わせずにぼそっと言う。

「できは・・・します」


「じゃあ、決まり」

 佐藤先生が手を合わせて、喜ぶ。郷田は嫌そうな顔をするが、反対はしない。

「郷田君はファースト、橋田君はサードへね」

「うっす」

 真田は返事をした郷田の視線の先を見る。

 郷田はぼーっと遠い目をしてバッタボックスの方を見ていた。

 本当にいいのか、再確認しようと真田は声を掛けようとしたが止めた。郷田がキャッチャーを見ているのに気づいたからだ。

 真田はマスクを持ってじーっと見つめ、何かを考えていたが、決心したようにマスクを付ける。

 

「アウト」

 2番バッターがアウトになりチェンジになる。


「さぁ、皆。まだ行けるわよ。行ってらっしゃい」

「はいっ!」

 得点が入っているといないでは大きな差がある。松尾高校のメンバーの顔色が変わった。

 

「やっぱり似合うね」

 真田は恋の声に嫌な顔する。


「似合うって顔隠した方がいいってこと?」

「さぁ?しししっ」

 真田はふーっとため息をつく。


「ランナー刺すのは利き腕じゃないからほぼ無理だと思ってね。そんで、あっちに知り合いいるから走ってくるかも」

、ね。了解」

 恋はグローブで真田の胸を叩き、自分の居場所へと向かう。真田もまた自分に与えられた場所へ行く。


「お願いします」

 審判に挨拶し、ホームベースの後ろに座る。


「お願いしますっ」

 小宮は審判に礼をして、バッターボックスに入る。


「よろしくっ、真田」

「よろしく。あっ」

 真田の声に小宮は首をかしげる。


(サイン決めるの忘れた)

 真田は冷や汗をかく。


(えーい、どんとこい)

 真田はグローブを叩いて、ミットをど真ん中に構える。


(まぁ、本気で投げてきなよ。うっぷん溜まってるんでしょ)

 恋は嬉しそうに投げる。


 ドンッ。


「ストッライックー」

「マジかよ」

 小宮は苦笑いする。


「ナイスボールっ」

 真田は恋に声を掛けながら、ボールを返す。


「ストライックー」

「オッケーオッケー」

 真田はまたボールを返す。そして、小宮を見る。バットを下で揺らし、リズムを取り、構える。顔には余裕がある表情をしていた。


 恋は肩を回して肩の調子を確認する。

「出たよ、真田マジック。左でも健在なのね」

 小宮がちらっと真田を見る。真田は少し笑った。


 恋がモーションに入る。

 真田は何か引っかかるのを感じた。そして、小宮の発言と小宮の余裕そうな顔を思い出す。

健在なのね―――

(小宮は俺が左投げなの知っているってことはっ)



 恋の指から放たれた瞬間、小宮は構えを変える。

「セーフティ!!」

 小宮がバントの構えをするよりも先に真田が叫ぶ。

 それに気づいた橋田と郷田が猛ダッシュする。


 コツンっ

 小宮のバットは今日一番の恋の剛速球の威力を殺す。

(上手い)

 

 真田も反応する。サードが取って投げるには間に合わない距離。キャッチャーが取って投げて間に合うかどうかの位置。


 小宮は全力で走る。

 今まで走ってきた野球人生のように、目標に向かってまっすぐと迷いなく走る。


 それに対して真田は捨てることを選んだ。

 自分を覆う限界という制限に嫌気が差し、新しいものをその手に掴むため、野球を捨てた。


 そして今度は。


「僕が行きます!!」

「なっ!?」

 マスクを投げ捨てた真田がもう一つ投げ捨てて、郷田を制してボールを手にした。


それは、意地か、プライドか?


否。


「あいつ、グローブしてねーぞ!!」

 ベンチから誰かが叫ぶ。


 真田も全力でボールを追い、左の素手で取ってそのまま投げる。

「アウトっ」

「くぅーーっ」

 悔しがる小宮。

 

 小宮が振り返ると転がっているキャッチャーミット。そして、肩で息をしている真田がいた。

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