11話 新しい景色
真田は左足に込める。
それは、このチームの不甲斐ないプレーや選手の立ち振る舞いへの苛立ちであり、この頃の自分の優柔不断さへの苛立ちであり、そして・・・野球への想いを左足へ込める。
相手投手の投げたボールをこれでもかと引き付けて、左足に溜めた力を放ち、腰の回転力にする。力を抜いていた腕に力を入れて、ここだ、という、その瞬間にバットを強く握りしめる。
バットに当たった感触は真田にはほとんどない。しかし、当たった音がする。
(この矛盾に対する結論は・・・)
皆がライト方向へを見つめる。
白球は吸い込まれるようにライトスタンドへ入っていく。
真田は自身の心にあったもやもやに風穴が空いたような爽快感と、最高の結果に小さくガッツポーズをして、その拳を恋に向ける。
塁にいた橋田と郷田は毒気が抜かれたような顔をしていたが、真田が走るのを見て次の塁を回る。
一塁、二塁、三塁を回る。ホームを見ると、橋田と郷田が立っていた。真田は俯いて、ホームを踏む。
「んっ」
「んっ」
動かない4本の足と、2人の不器用な声に反応して、真田は頭を上げる。
橋田と郷田が拳を出していたので、恐る恐る。真田も拳を出すと、二人からグータッチされた。
「よし、行けるぞ、行ける。続けよ小松」
「はいっ」
ネクストサークルにいた小松に橋田が活を入れる。
小松の目が先ほどと違っているのを真田は見た。
「よっしゃああ」
「ナイスです。キャプテン、郷田」
ベンチは水に戻された魚のように選手の多くが生き生きとしている。
真田がベンチにつくと、選手たちがどうやって真田と接していいのかわからない顔をしている。真田もちらっと見てそれを察し、ベンチの隅へ行こうとする。
そこには、佐藤先生と恋が立っていた。
「ナイスバッティングぅ~」
佐藤先生がハイタッチを求める。
「どうも・・・」
そっとその手に真田は手を添える。
その奥には恋がグローブをした状態で待っていた。
「キャッチボール付き合ってよ」
恋の顔が前向きになっているのを見てホッとした。
「でもグローブが・・・」
「はいっ」
「えっ!?でも・・・これは」
黒のグローブ。刺繍で郷田と縫われている。
真田は郷田を見る。郷田はその目線に気づいていないのか全く見る気配がない。
「ほら、2アウトなんだから、早く」
恋に手を引っ張られてグラウンドの端へ行く。
「おっ、お借りします!」
郷田に向けて叫ぶが、郷田は真田を見なかった。
「ねぇっ僕左利きだけど」
恋は無視して投げてくる。
パンッ
「あらっ」
佐藤先生がそのいい音に反応する。
2球投げたところで、グローブで恋は座れと支持する。
「わがまま姫だな、これだからピッチャーは」
バーンッ。
「ちっ」
佐々木も見る。
負けじと自分もキャッチャーに目掛けて投げる。
「フォアボール」
力んだ佐々木のボールは高めに外れる。
その音を聞いてもう一人観客席で嫌な顔をした人がもう一人いた。
「ちょっと、七海。どこ行くの?」
七海はにこっとしつつも、眉間にしわを寄せて、
「すいませ~ん、なんか具合が悪くなったので、帰りますぅ」
七海はもう一度、恋と、そして真田を見る。
「・・・裏切者」
そっと七海は呟いて、球場を後にした。
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