8話 元 to 現チームメイト
カキーーンッ
いい当たりが一二塁間を襲う。
「よしゃあ」
郷田の打球が痛烈に飛んでいく。
郷田はバットを放り投げて走り出す。
多くの観客、打たれた投手ですらヒットだと思った。
しかし、そこには小宮がいた。
「なっ」
ヒットを確信した郷田は思わず、声を漏らす。
小宮はついて、グローブでキャッチし、そのままグラブトスをする。
郷田も一瞬気を抜いたが、その後は全力疾走。
「アウト」
一塁塁審がアウトのジェスチャーをする。
「彼は~上手いねぇ~」
恋はお婆ちゃんのようなモノマネをしてベンチでお茶を飲む。
「そんなに余裕かましてて、肩作らないの?」
「スタートが良かったね、彼」
「まぁ・・・昔からあいつ観察眼がいいんだ」
「あっ、やっぱり。知り合い?」
恋が興味津々な顔で真田を見る。真田は眩しい顔に困った顔をする。
「まぁ、そんな感じ・・・」
真田は悩んだが、恋に正直に伝える。恋は話してくれたことが嬉しいような顔をして、小宮の分析を始める。
「一歩目が早かったね」
「うん、てか本当に肩作りなよ」
「私、3球で作れるから大丈夫」
「はぁ・・・」
真田は釈然としない相槌を打つ。
「ありがとうな、小宮」
「任せてください、佐々木先輩」
セカンドのポジションから投手へエールを送る。
昔の思い出と少し重なり、真田は少しセンチメンタルになった。
「じゃあ、私行くね」
「うん、がんば・・・」
恋はふーっと、息を吐いて気持ちを込める。目は集中した人のそれだった。
「せい」
「あいた」
真田は恋の頭にチョップする。
「気負いし過ぎですよ、恋さん」
「それは、ないわ・・・朗。いくら私でも怒るわ・・・」
真田は帽子を深く被りながら笑った。
「駄目な気持ちの入り方だよ。体が硬い。それだと9回持たないんじゃんない?ストレスを楽しみなよ」
真田は恋を羽交い絞めにする。
「はぁあ?」
恋は真っ赤になる。
「まぁまぁ。身を預けて」
真田はゆっくり恋の肩を回す。
「恋ならできる。余裕だよ。慌てないで」
真田はそっと耳元で囁く。
(これが僕にできるささやかな魔法)
真田はゆっくり腕を放して、優しく背中に添える。
「八割で十分だよ。逆に八割で勝てなきゃ、勝てても未来はないよ」
恋は黙ってフィールドを見ている。
「逆に恋自身が恋を疑ってるのが意外だよ。普通に余裕だよ恋なら?気負ってバカみたい」
「なーんで、そんなに朗はわたしのこと知ってるんだ?しししっ。じゃあ・・・言ってくるよ。特等席で見ててね」
恋は真田に指を差して、ウインクをしてくる。
(大丈夫そうだな)
恋はキャッチボールを始めて自分達の守備を待つ。
他の打者はあっさりと打ち取られ攻守が入れ替わる。
恋は小走りでマウンドに行く。自分の踏み込みの妨げにならないように足でならす。
ふーっと、息を吐いて気持ちを整える。
真田は日陰になったベンチから、笑顔で投げようとする恋を見る。
「眩しいな」
投球練習をしている恋を見て、真田は言葉を漏らす。
「真田君も飲む。スポドリ」
佐藤先生が声を掛ける。
「いえ…僕は…」
「あっ、開けちゃった」
「じゃあ…ありがとうございます」
真田は佐藤先生から缶を貰ってフタを開ける。
「120円になります」
真田は噴き出しそうになる。
「ゲホッ、ゲホッ。本当ですか」
「大サービス。試合予想が当たったら、私のおごりで」
(まいったな・・・)
ちらっと真田は自分の私服を見る。ズボンが一番上にあり、ちらっと自転車の鍵は見えるが、脱いだ衣服は厚みがない。財布は入って無さそうだ。
真田は投げている恋とポロっとボールをこぼした郷田。ボール回しをしている内野や、山なりのキャッチボールをしている外野。素振りをしている諏訪門天の選手を真剣な眼差しで見る。
「う~ん、7対2で諏訪門天の勝ちで」
「あらら・・・」
佐藤先生はよろける。他のベンチの選手がギロっと見る。真田は慌てて、話を逸らす。
「始まりますよ、先生」
「そんなに弱いのかしら。うちのチーム」
「うーん・・・弱いとは言いません。でも勝ち方を知ってるんですかね」
「えっ」
真田の言葉に佐藤先生は真田の方を見る。
カキーーンッ。
郷田の時よりも大きい音が聞こえて、佐藤先生はフィールドを見る。
「アウトっ」
セカンドライナーだった。
「いい当たりでしたね」
「そう、みたいね。ワンナウト、ワンナウト!」
真田はちらっと佐藤先生を見る。
「ツーアウトですよ。先生」
「へっ?」
「1人目は見逃し三振ですよ」
「ツっ、ツーアウト~」
佐藤先生は、照れ臭そうに言い直す。
「わー、びっくりした」
セカンドの小松がグローブに収まった。信じられないような声を出しながら、球を恋に返す。
恋はまた、キャップのつばに手を添えて感謝を示して、またマウンドを足でならす。
そして、3番バッターに対峙する。
「ストライクっ、バッターアウト」
3球ともど真ん中のストレートであっさり、三振に仕留める。
「ねぇ、真田君」
佐藤線は少し嬉しそうな顔をする。
「はい」
「私、7点も取られる気がしないけど」
「そうですか」
淡々と答える真田。佐藤先生は、少し可愛げがないと思うので、少しからかってみる。
「なんなら、0対2に今なら変更してもいいわよ」
ベンチへ笑顔で戻ってきた選手を真田は見る。
「まぁ、変更はなしでお願いします」
「えっ」
恋が佐藤先生より先に反応する。
「何の話?」
ナインが真田を見る。
「いや、何でもないです」
「そいつが、俺たちが負けるって。今のピッチング見てもそれは変更がねぇだと」
「なっ!?」
否定した言葉をベンチのメンバーが説明し、郷田が眉間にしわを寄せて反応する。
「それは本当、朗」
恋も真田を見る。
真田は少し冷汗をかく。佐藤先生が間に入る。
「真田君は負けるなんていってないわよ。皆が勝ったら、皆にジュースをおごるって言ったのよね」
「えっ」
真田は慌てる。
「ね?」
もう一度、佐藤先生が真田の肩を掴んで念を押す。
「いいですよ」
真田は自信を持って答えた。
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