練習試合
7話 試合観戦
「あんた、そんな格好でどこ行くの」
休日に私服で出かけようとする真田を母が呼び止める。
「そんな格好って私服だろ」
「だって、あんたいつもジャージじゃん」
「・・・」
部活しかしていないのも考え物かもしれないと、真田は少し焦る。
「今日部活は?」
「先週大会もあったし、今日はなし」
「そうなのね」
もう一度真田は私服を見直す。運動着か制服しか着ないので、このファッションセンスがあっているのか心配になる。
(まぁ・・・今度、私服でも買うか。さすがに僕も高校生になったんだから、中学生の時に着ていた服だと、サイズも少しきついし、センスも・・・)
真田は恋と七海の顔を思い浮かべてしまう。
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと・・・だからどこに行くの」
「・・・友達に会ってくる」
ちょっと、恥ずかしそうに朗が言うのに母はびっくりした顔になる。
「そお!?そう、そうなのね・・・友達は、その、高校の友達?」
「・・・そうだよ」
真田は背中で母親と話す。
「じゃあ、楽しんできなさい」
「あぁ、楽しんでくるよ、母さん」
真田は、つま先でトントンと床を叩いて、靴の履き心地を整える。そして、玄関のドアを開ける。
「眩しいな」
真田は時計を見る。時刻は7時20分。冬や春には山に隠れていた太陽が、初夏に向けて山から顔を出すようになってきた。真田が空から視線を落とすと桜も葉桜になりかけている。
「散る桜なのか、芽吹く葉なのか」
真田は自転車に乗る。
「僕はどちらで、彼女はどちらかな。なんて・・・」
風を感じながら自転車を漕いでいく。
古戦場のグラウンド。
河川からは少し距離があるが、河川の影響で風が強い。
自転車を止めて、どこに行けばいいのか悩んでいると、『真田様はこちら→』と書かれた張り紙が張って合った。マジックなので太字ではあったが、女の子らしい字体だと真田は思った。
「てか、こんなことするのは、恋しかいないよな・・・」
真田は、怖かった郷田や、誠実そうではあったが嫌悪感を向けてきた橋田の顔も浮かんだ。
「はははっ、よくこんなことできるなぁ。恋は」
自分の干渉しないところで、どんどん野球部から恨みを買っていそうだなと、真田は乾いた笑いをしていた。
まじまじとその張り紙を見ていたが、矢印の方に目線を向ける。その張り紙はいくつか続いている。
矢印に書かれている通りに進んでいくと、『これに着替えてね』と書いてあり、ご丁寧に可愛らしい自分をマスコットにしたような絵が描いてあった。
「まさか・・・」
世の中には暗黙のルールがある。しかし、暗黙である。
「いや、これはないでしょ・・・」
「しししっ、似合っているよ。真田君!」
頭を抱える真田。
周りの野球部員からの冷たい目線。
一人だけ新品のまっしろなユニフォームを着て、細々とベンチの隅に真田は座っていた。
「あと、とりあえずこれ書いて」
そういって、恋は紙を渡してくる。
「仮入部届・・・?」
「練習試合だけど、一応形だけ、ね?」
「ね?じゃないよ・・・」
真田はじーっと、紙を見つめる。
恋がこちらをにこにこ笑顔で見ている。
(仮入部は一週間までで、入部の場合は正式に入部届を出せ・・・か)
「今日だけだからね?」
「うん!」
屈託のないとても嬉しそうな笑顔をする恋。
真田はこの笑顔には勝てない気がした。
しかしながら、恋が太陽だとすれば、真田は月。恋がいなくなると、そのアウェーな空間に居心地が悪くなり、真田は帽子を深くかぶってあまり他の人と目を合わせないようにする。
真田は松尾高校の練習をベンチで見ていたが、集中力が高まっているメンバーもちらほらいるが、緊張しすぎているメンバーの方がたくさんいて、目を逸らしたくなった。
「さぁ、大丈夫。頑張っていきましょう!!」
そんな中でも、元気いっぱいの恋は、試合をするのがとても楽しみなようだ。一番声が出ている。
練習は終わったが、ピッチャーである恋は軽いアップをするためにストレッチを行っているため、真田は一人ベンチからグラウンドで練習している相手チームを見る。相手の高校はノックを軽やかに行っている。こちらの事情など知らず、ノビノビとプレーしている。
「もう一球お願いします!!」
「ん?」
真田はどこかで聞いた声だと思い、目を凝らして守備を受ける選手を見る。
「小宮・・・?」
セカンドの守備で、きわどいボールをキャッチし、一塁へ送球をする。
「うぉおおおお」
松尾高校のベンチから鮮やかな守備を見て、感嘆の声が漏れる。
「あいつ、一年生じゃないか」
「去年いなかったと思うし、あのダボダボなユニフォームは一年だろ」
先輩たちが会話をしている。
(やばいな・・・気づかれないようにしよっと)
真田は深く帽子を被る。
「よし、それじゃあ整列だ」
「はい!!」
橋田先輩の声に、全員が返事をする。
「君は行かないの?」
「えっ、あっ。・・・あぁ、はい」
マネージャーの先輩に声を掛けられるが、どうしたらいいのかわからず、しどろもどろする。
「おい、整列だ」
そのやり取りを見ながら、橋田先輩が声を掛けてくる。
「・・・はい」
真田は久しぶりに野球の格好をして、フィールドに一歩足を踏み出した。
「整列。礼」
お願いしますっと、両軍の選手が大声であいさつをする。
挨拶に気持ちを込める。
「よろしく」
前にいた選手が握手を求めてくる。
「よっよろしく」
「おっ、朗じゃん」
真田が顔を上げると懐かしい表情をした顔がそこにあった。
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