6話 荒野の花の望み

「おやっ、おやおやおやっ。またお父さんが御迎えですか、わが校のエース様?」

 校門に寄りかかっていた真田に、この前と同じかそれ以上にめんどくさい話し方で恋が話しかける。


「いやっ、まぁ・・・あはははっ」

 真田は乾いた笑いを止めて、真面目な顔になる。

「今日は君を待っていたんだ」

「えっ」

 恋は女の子らしい声を出して、少し顔を赤らめる。


「いや、そういう意味じゃ、あの、その・・・」

 真田は少し慌てるが、気持ちを落ち着かせる。


「その・・・っ、肩は大丈夫?」

 赤い前髪を整えて、ドキドキしていた恋は真田の言葉に少し残念そうにする。


「う~んと、暖かくもなってきたし、順調なのかな。ちょっと力が入りすぎて、制御できないときもあるけど」

 真田は再度言葉を探す。


「赤坂さ・・・」

「恋ね」

「恋さんは・・・」

「気持ち悪い」

「・・・」

 女の子を呼び捨てにするのに抵抗がある真田は黙ってしまう。


「恋ちゃんと呼ん・・・」

「恋の、野球部の目標って何?」

 恋がちゃん呼びを提案しようとするのを察知した真田は呼び捨てを選択し、被害を最小限にして、質問をする。


「甲子園優勝投手!!」

 恋は一遍の迷いもなく言う。その言葉、そして、まったく迷いがない表情に真田はびっくりする。

 そして、ちらっと、金髪の少女、七海を思い出した。


「それで、そこまで一緒に歩んでくれたキャッチャーに抱きかかえられて、私は両手をいっぱいに上に上げて、満面の笑みで空を見たいの!!」

 恋は希望に満ち溢れた目で、一直線に真田を見る。


「すごい・・・自信だね・・・」

「ん?自信じゃないよ。野心だよ」

「野心?」

「そっ、野心。そこら辺の野生に生える雑草の夢」

 恋は笑顔だったが、真田はその笑顔を寂しく感じた。


「雑草なら、せめてもっと豊かな土地に根を生やしたらどうなんだい?この学校進学校だし、甲子園を目指すような高校じゃないと思うけど」

 皮肉っぽく、うじうじ話す真田をじーっと、恋は見つめる。


「・・・私はこの学校がいいと思って来たの」

 恋の言葉には重みがあった。高校を選ぶときにしっかり悩み、しっかりと考えたうえで決めたという、そんな言葉に真田は感じた。


「それに、きれいな花が並んでいる花壇の中じゃ、私みたいな雑草なんか簡単に排除されちゃうかなぁ~、う~ん。だから、この学校で自由に花になるのを目指すの。松尾高校は過去に1回しか甲子園に行っていない。今なんて、野球が上手い子は私立に皆いっちゃうし、私立は県外から特待生を呼んでるから余計にベーリーハードモード。奉久学園ほうきゅうがくえんとか、松宮まつみや高校に集まってるし」

 自虐的に笑いながら恋が話す。そんな恋を見て、真田は心苦しくなる。


「この荒れ地じゃ、花は育たないよ」

 真田は恋のことを『雑草』だと全く思えなかったし、誰にも負けない日輪の花になりうる存在かもしれないとも思った。しかしながら、恋はくしゃくしゃっと髪を掻きむしる。

手厳てきびしいな・・・朗は・・・」

「ごめん」

 恋は手を止めて苦笑いを浮かべる。


「まぁ・・・花も逃げ出すような不毛の地よね」

 恋は空を見る。


「でも、待ってるの」

 達観したような声だった。野心と言う言葉を使いながら、そのに関しては自分が主体的に動くのではなく、どこか祈りにもにたような姿勢を取ろうとしていた。


「ちなみに何キロ・・・なのかな」

「ちょっと、レディに体重を聞くとか・・・真田君のエッチ。まぁ、真田君なら簡単に持ち上げられるくらいの・・・」

 恋は赤いポニーテルの髪を少しくるくる指に巻きながらいじる。


「た、体重じゃなくて速球!!ストレートの最速だよ!!」

「なんだそっちか」

 少し残念そうに恋がつぶやく。


「私のボディーに対して興味関心なのかなって思っちゃった」

 そういって、身を乗り出してくる恋の顔が近くなり、真田は目のやり場に困って、視線が泳ぐと胸に目が行ってしまった。

 そして、また視線を逸らすと、恋と目が合い。恋はニコっとして、真田は身を引いて体制を整える。


「140キロ後半かな」

「そっか」

 恋は真田がすぐに納得したのに少し驚いた。


「さすが、陸上部のエース君だね。女子で出せるって言われれば驚くと思ったけど」

「でも、見た感じそれくらいかなって思ったから」

「そっ」

 恋はとても嬉しそうに満面の笑顔で相槌を打つ。


「・・・応援に行くからにはさ。勝ってほしいと思うんだけど、諏訪門天高校なんだってね。勝てそう?」

 真田の探りを入れる。


「全力で投げたら!」

 きりっとして答える。


「じゃあ、良かった」

「・・・とか言ってみたりするけど、う~ん・・・、ちょっと・・・というか大分厳しいかな。点取れるか定かじゃないし」

 恋は腕を組みながら悩む。


「まぁ、諏訪門天は投手と守備に定評があるしね」

 そうなんだよね、っと恋は相槌する。


「ピッチングは?」

「肩はいいよ」

「で、抑えられるの?」

「朗ってSなの・・・ちょー手厳しいじゃん」

 また、恋は暗い顔になってしまう。


「どうしたら・・・いいんだろうね」

 恋は遠くを見る。


「どう投げればいいのか、最近わからなくて。丁寧に投げてもうまくはいかないし、思いっきり投げてもミットに収まらないし。全然いい音がしないんだ」

 恋は悔しそうで、寂しそうな顔をする。真田はどうにかしてやりたいと思いながらも、あえて心を鬼にして、無表情で首を傾げる。


「全力で丁寧に構えたところに渾身の1球を投げ続ければいいじゃん」

 さらっと真田は言う。


「そんな、プロだって100%構えたところに投げられないんだよ」

「プロはみんな甲子園優勝投手なの?」

 真田は真顔で言う。


「甲子園優勝投手はプロになるより難しいと思うよ。それもこの高校ならなおさら。それでも、ワクワクするから目指すんでしょ」

 罪悪感を感じて、鼓動が大きくなっているのを感じる真田。しかし、恋が強くあるために真田は淡々と言葉を伝える。


「・・・うん」

「僕は陸上競技。力の全てを出し切るスポーツ。野球はチームスポーツ。打ちづらいけど、捕りやすい球、打っても守備の上手いところに打たせる努力をする必要があるんじゃないかな」

「朗・・・君」

「それにあとはコミュニケーション能力だよね。仲間のモチベーションだって上げる必要があるよ。まぁ、でもそういうのが難しいなら、野球を辞めて陸上の砲丸投げとかどう?結構面白いよ」

 饒舌じょうぜつに喋りだす真田に少し恋は引いていたが、《《野球を辞めて》》に反応して、恋は真顔になる。


「ううん、私は野球をやる」

「そっか」

「うん、そう」

 真田と恋はお互い腹のうちを見せずに心のない言葉のラリーをする。


「再来週が楽しみになってきたかな。じゃあそろそろ帰るね」

 そう言って、真田は立ち去ろうとする。恋はまだ話したい寂しい顔をして、諦めようかと口を真一文字にする。けれど、溢れる気持ちは抑えられなかった。


「私がしたいことは!!」

 背中の方から恋の声が聞こえて、真田が振り向く。


「私は野球が大好き。だって楽しいもん」

「うん」

「でね、私の目標。甲子園優勝投手だけじゃないの。それも目指しているのはほんとだよ?でも、一番は違うの」

「それはなんなの?」

 真田に質問に恋はすーっと息を吸う。


「私はね・・・私は、160キロ投げたい!!」

 恋は目を瞑って叫ぶ。


「真田君の言う通り、郷田さんが捕れない状況で頑張るってことが、コントロールピッチャーになるべきだったとしても、私は160キロを投げたい。投げたいんだよ!!」

 切実な恋の願い。心からの叫び。

 真田はじーっと恋の目を見た後、視線を空に移す。空は何も見えない。


「じゃあ、郷田さんを説得するしかないね」

「お願いはした!!でも・・・」

「ぼこぼこになっても」

 真田は空を見ながら言った後、恋の目見る。


「ぼこぼこになっても、青あざを作っても練習していい音でキャッチできるようにするのが、キャッチャーだと思ってます。あと・・・」

 真田は言おうかどうしようか悩む。


「あと?」

 恋が言葉を促す。

「僕のやっている陸上競技は、力を全て出し切るスポーツ。恋のやっているのはチームスポーツ。足引っ張られているのが嫌なら、砲丸投げでもどう?君なら・・・」

「やらない!」

「・・・だよね」

 真田はわかっていて質問した。そして、言い切ってくれることを期待していた。


「私は・・・野球が好きなの」

 恋の目を見て、真田は羨ましそうに恋を見る。


「その純粋さ。羨ましいな」

「えっ」

 恋は予想もしていなかった言葉にびっくりする。

「あと、ピッチャーはそれぐらい我が強いくらいが伸びると思うから・・・頑張って」

 そう言って、真田は歩き出す。その背後から、恋が叫ぶ。


「特定席用意しておくから!!」

 真田には恋が言っている声が聞こえたが振り返らなかった。そして、「ぶいっ」と言う声も聞こえた。真田は見なくてもわかった、恋が満面の笑顔で、Vサインをしている姿が。

 真田はくすりっとして、振り向くことなく手を上げて応えた。

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