5話 積み上げたプライド
松尾高校校庭。
「ばっちこい!!」
「うぇい」
夕日の中で、今日も野球部の声が響く。
「おい、真田。どうした」
「いや、なんでもないです」
真田はふとしたとき、野球部に目がいくようになった。
(大丈夫かな・・・)
ノックをしては、あらぬ方向。ボールが転がってくればポロポロ。本当に野球部かと疑ってしまう次第だ。
(一番ひどいのは・・・)
真田はマウンドにいる恋を見る。マウンドにいるとはいえ、遠目で見ても高い身長。手足も長く、太ももは健康的で張りがあり、お尻もしっかり出ている。特に問題を起こしたわけではないようだが、3日間部活停止だったらしい。
(サウスポーか)
恋はモーションに入る。
「せいやぁー!!」
赤髪のポニーテールを揺らしながら、恋のうっぷんを乗せた球の回転と速度は、空気を切り裂き、キャッチャーのミットに向かっていく。
「うわっ!!」
重力に逆らうその球はキャッチャーミットに収まることなく、上にはじかれる。
「大丈夫ですか?郷田先輩!!」
「いつっ」
キャッチャーマスクを被った男は手を気にする。普通に取れたとしてもその球は痛そうだが、変な当たり方をしたようだ。
「おい、ちゃんと投げろ、恋」
「えー、投げてますよ」
「構えたところにばしっとだな~」
キャッチャーに色々言われているみたいだが、恋は途中で飽きてしまったようで、足場を固め始めた。
「今日は・・・遅くなるっと」
真田は校門に寄りかかりながら母親にSNSのキズナでコメントを送る。
「お、真田君じゃん。どうしたの」
「赤坂さん」
真田はバツが悪そうな顔をするが、
「恋だよ~ん」
恋はお構いなしに笑顔で真田は鼻をはじかれる。
「それで、真田君は・・・誰を・・・待って・・・いるのかな?しししっ」
ケンケンをしながら、恋が真田に近づく。
「父さんが来てくれるっていうから迎え待ち・・・かな」
真田は目が泳いで、空を見上げる。
「お父様ですか、わが校のエース真田君のお父様にご挨拶しなくては」
恋は
「いや、やめて、やめて。恥ずかしいからさ」
「しししっ、そっかぁ。お父さんか。てっきり・・・」
「ん?」
恋は少し残念そうな顔をしたが、すぐに切り替える。
「なんでもない。でも…来るまで暇なら、一緒にいてあげよっか?」
「あっ、ごめん。ちょっと忘れ物したみたい。じゃあね!!」
「えっ!ちょっ」
真田は足早にその場から去る。
ドンっ。
「いってぇーな」
真田はぶつかってしまい、相手を倒してしまう。
「すいません!」
「てめぇは、陸上部の!!」
「あっ。」
ぶつかった相手は野球部の1つ上の先輩キャッチャーだった。野球部のバックには郷田剛ごうだごうと書かれている。
郷田は睨みを利かせて、顔を近づける。
「はははっ。どーも」
「てめぇ、よくもまぁへらへらと」
「よさないか、郷田」
「でも、橋田キャプテン!!」
「すまないな、真田君。でも、郷田がこうなるのも・・・察してくれないか」
柔らかい口調ではあったが、橋田の言い方に少し嫌悪感が含まれていると真田は感じた。
「いえ、こちらこそぶつかってすいません」
頭を真田は下げる。
「じゃあこれで。そんなに睨むな。郷田」
「ガルルルル」
そう言って、二人は去ろうとする。
「あの!!」
真田の声で、二人が立ち止まる。
「なんだい?」
「その・・・勝てそうですか!?」
空気が凍る。
「・・・勝つよ。君たち陸上部には悪いけど」
「・・・相手は、どこ・・・なんですか」
「てめぇ」
郷田が切れそうになるのを橋田は制す。
「
真田は次の言葉を探すが、返事がないのを見て二人は振り返ろうとする。
「それじゃあ・・・」
「あの!!」
別れを告げようとした橋田の言葉を真田が遮る。
「君・・・僕だって君にはあまりいい印象を持っていないんだ。そろそろ終わりにしてくれないか」
真田の首から絞り出そうとした言葉が、のどで詰まって、胃まで重たくなるのを感じた。
「郷田さん!!赤坂さんの球を捕るとき・・・もっとリラックスした方がいいと思います!!速い球は怖いですけど、初動の動きが硬くなって捕れないんだと思います。自分の力を信じて・・・他の皆さんも・・・」
二人は真田をじーっと見ていたが、橋田が郷田の肩をぽんぽんと叩いて歩くのを促し、振り返り歩き出す。
「お前は頑張っている。大丈夫さ」
「・・・はい」
二人の背中がどんどん遠くになっていく。真田は拳を震わせる。
「努力は!!」
二人はもう振り返らない。
それでも、真田は叫ぶ。
「努力は、ただ時間を費やすことじゃない!!」
真田の声は、春の夜に空しく吸い込まれていった。
真田は息が弾む。心拍数が速く、そして大きくなっているのを感じていた。初対面の相手に物を申す。それを先輩。緊張と興奮。達成感と不安感。
(言うべき・・・じゃ、無かった・・・のかな)
息が整ってきて、頭に酸素が来ると感情は徐々に静かになり、理性が不安を煽り、後悔の念が増して来る。
「ねぇ!」
「うわっ」
真田は背後からの恋の言葉にドキッとした。
「あっ、赤坂さんか」
「恋だよ」
真田の言葉にすぐさま訂正する。
「恋さん」
「恋でいいよん」
「恋さ・・・」
「恋ね」
「恋・・・」
真田はまた鼓動が速く、大きくなるのを感じた。今のやりとりが聞こえていたのではないかと不安な顔をしていたが、そんな真田の心を読み取っているのか、いないのか、恋は優しい笑顔をしていた。
「努力は、ただ時間を費やすことじゃないんだよね」
(聞いて・・・まぁ、そうだろうな。恥ずかしい)
真田は羞恥心でまた心拍数が上がってきた。
「まっ」
真田は照れ隠しに言葉を濁そうとした。けれど、恋の瞳を見て、言葉が詰まった。
恋の瞳は濁りが無く純粋な瞳をしていた。
「・・・そうだよ。形だけなんて、意味がないんだ」
「でも、気持ちがあるから形になると思うんだ」
恋は深々と頭を下げる。
「お願いします・・・力を貸して・・・ください」
真田は心臓を思いっきり握られた気がした。
「ぼ、僕は・・・」
恋は俯きながら、込み上げてくる感情を抑え、何か言いたそうなのを堪えながら顔を歪めていた。
「そっか・・・」
恋は顔を上げて髪をかき上げる。
「りょーかい」
真田は驚いた。
恋は満面の笑みだった。
「じゃあね、朗」
ぶっきらぼうに伝えて、恋は足早に去っていった。
真田の視界には入らなかったが、恋は涙を落していた。でも、拭くことはしなかった。後ろ姿とはいえ、真田に泣いていることを気づいてほしくなかったからだ。
真田は、恋が自分の態度に呆れて怒らせてしまったと思ったが、恋の背中を見送るうちに薄暗くなる暗闇の中をただ一人、孤独に歩いている彼女の背中を見て、いつもより小さく、そして、寂しそうに見えた。
真田は自分の右手をじーっと見つめて、右手を握りしめた。
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