4話 笑顔の赤い涙

「昨日は大変だったみたいだぜ」

 授業の終わり、真田が教科書を仕舞おうとしているとクラスメイトの矢沢保やざわたもつに声を掛けられる。


「何が?」

「2組の奴が見たらしいんだが、校長室で1組の赤坂っつー女子なんだが、そいつが騒いで二人の教員に相談室に連れていかれたらしい。そんでそいつ、泣きじゃくって暴れてたらしいぞ」

「…へぇ」

(あんなに笑顔だった子が・・・ね)


「やばい女だな。入学して間もないのに、そんな暴れるなんてさ」

「まぁ、でも理由があったんじゃないかな」

「停学になりかけたらしいぞ。入学して3週間で、暴れるって、この学校に来んなよって感じだぜ。俺なら内申点怖くてそんなことできないけどな」


 真田は立ち上がる。

「ん、どうした?真田」

「トイレに行ってくるよ」


 真田はそうって、教室を後にする。

 トイレを通り過ぎて、玄関を通る。



 第18回陸上競技長野県スプリンターカップ 男子八種競技 1年生の部

 優勝 松尾高校 真田朗 


 

 トロフィーと共に新聞部が書いた記事がおいてあった。

 

 真田はゆっくりとトロフィーに手を掛けようとすると、

「こ~らっ。それは触っちゃだめよ」

 その声に反応して手を止める。

「・・・ってご本人だったか。ごめんなさいね」

「佐藤先生」

 

 声を掛けた教師は担任の国語担当、佐藤明子さとうあきこだった。見知った先生だと、真田は少しほっとした。

 

 佐藤先生は真田に近づいてきて、トロフィーを見つめる。

「大したものね、優勝だなんて」

「いえ、そんなことは・・・」

 謙遜する真田は俯いたが、くいっとおでこを佐藤先生に押されて、前を見る。


「そんなこと、あるっ。あなたに負けた人たちもすごいし、その凄い人達よりも頑張ったのだから。ねっ」

「とりあえず・・・なんと言っていいのかわからないですけど、ありがとうございます」

「うん、文武両道。それでよし!」


 真田はぺこっと頭を下げる。

「少しは顔が明るくなったわね」

「そうですか」

「こんな風にされるのが恥ずかしかったのかな?」

 佐藤先生はトロフィーを見ながら、優しく穏やかな声で話しかける。


「そうですね、恥ずかしいです」

「だよねぇ」

「はい・・・」

「まだ真田君と出会って間もないから、君がどんな性格かもほとんどわからない。外見と、自己紹介にあったことと、学業の成績くらいしかわからないわ」

 まっすぐ佐藤先生は真田の目を見る。

「悩みがあるなら、いつでも聞くからね」

「はい、ありがとうございます」

 真田は優しく頼れる先生だな、と思った。


「ちなみに、野球部の顧問を今年からやるんだけど、野球部は掛け持ちでも募集中だからヨ・ロ・シ・ク♡」

「はははっ・・・」

 真田は苦笑いしかできなかった。

「ちなみに…赤坂さんは、その・・・大丈夫なんですか」

 佐藤先生は遠い目をして、少し考えた。


「大丈夫よ。まぁ、厳重注意だけどね」

「・・・そうですか」

 佐藤先生はその肩にそっと手を置く。


「個人競技って寂しくない?先生やったことはないんだけど」

「・・・そうですね」

「じゃあ!」

「でも、人のために頑張るのは疲れちゃったので。野球はしません。僕は・・・自分のために頑張ります」

 

 今度はそっと真田の頬に手を添える。

「自分の心には素直にね・・・」

「素直ですよ?僕は」

「・・・そう。季節も変わる。身長も変わる。そして、気持ちも変わることは悪い事じゃないからね。野球じゃなくても・・・ね?」

「・・・はい」

 真田は恋を思い出し、そして、七海の顔を思い出した。そして、彼女の楽しそうに投げる姿を。


「先生」

「何?」

「あの、星川さんはどうしたんですか?あの子野球部なんですよね?」

 佐藤先生は少し悲しそうな顔をした。


「星川さんは辞めたわ」

「えっ」

 真田はショックを受けた。


「星川さんは1年生だけどしっかり自分を持っていたわ。だから、一緒に野球をできないのは残念だけど、私は星川さんを応援してるの。もちろん、真田君もね」

 佐藤先生は、にこっと優しい笑顔を真田に向ける。


「じゃあ、私はこれで行くわ。試合見に来てね」

「えっ、あっ、はい」

 真田はもう一度トロフィーを見る。


「陸上を取り上げられたら、泣けるかな・・・」

 そう呟いて、真田は寂しそうな顔をしながら教室へ戻っていった。

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