3話 真の影響

「いてっ」

「へい、ユー」

 真田は陸上のユニフォームに着替え終わり、部室から歩いて校庭に向かうと、後ろから頭に小石をぶつけられた。


 腹が立ちながら後ろを見ると、赤髪のポニーテールの少女がきりっとした目で声を掛けてきた。真田は自分と同じとは言わないけれど、女の子の中では大きい彼女にプレッシャーを感じた。


「君は誰?」

「野球部のエース、赤坂恋あかさかれんだよ」

「えっ?」

 真田は驚いて声が出てしまった。恋は笑っていたが、目だけは笑っていないかった。


「やってくれたねぇ・・・陸上部エース真田君」

(あぁ、この前の大会のことか)

「どうも、ありがとう」

 真田はにこっと笑うと、恋はムカッとした顔をする。


 しかし、下を向いて心を整理して、表情を目だけ笑っていない笑顔に戻す。

「今度さ、試合があるんだ、野球部の」

「え?」

 真田は“野球”に反応してドキッとした。


ほしいんだ」

「なんだ・・・」

「ん?」

「いや、なんでもないよ・・・」

 真田は野球を一緒にやってほしいと言われるかと勘違いし、そんなわけがあるはずないのに、自意識過剰に反応したのを反省する。


「そういえば!!」

 恋は真田の反応を待つが、真田は思いついたように、話を逸らす。


「なんだい、ボーイ」

「あの投手は来るの?」

「あの・・・投手?」

「ほら、あの・・・えっと、アンダースローの・・・金髪の」

「こねぇよ」

 恋は急に冷たく低い声を出す。


「あ・・・、そうなんだね・・・」

 地雷を踏んだと思った真田は、再び話を変えなければと思考を巡らす。


「それで・・・どうして僕を誘ったの。初対面なのに」

 真田は言葉を選びながら恋に尋ねる。


「えっ、真田君は聞いていないの?野球部が負けたら廃部だって話」

 今まで独特の雰囲気を無理やり醸し出していたのだろう。素っ頓狂な女の子らしい声が出た。


 真田は固まった。

(なんで、どうして・・・)

 女の子らしい声になど全く興味を示さず、そのフレーズに真田は固まった。

(野球部が・・・廃部・・・だって?)


「あ・・・っ。あ~」

 恋はミスったっという顔をする。


「なんで、今時そんな話あるわけないでしょ?漫画じゃあるまいし」

 その無垢な真田の顔に大きい声で恋は笑う。


「はっはっは。校庭を陸上部が使うようにしたいんだってさ。成績がいまいちな野球部は自分達で別のところを借りろって言われたんだよ。上田自然公園の球場くらいしか空いている場所はないけど、遠くて練習時間を確保できないし、機材とかだって使えなくなるし、それなら辞めようかなって先輩も多い訳。進学校だからまぁ・・・仕方ないよね。それで事実上、廃部って感じ」

「そう・・・なんだ・・・」

「そっ」

 恋はどや顔をする。


「だからね、観に来てよ」

(なんでそんなに楽しそうにできるんだろうか) 

 真田はそんな理不尽な中でも笑える目の前の恋が羨ましく、そして眩しく見えた。

 

 真田は悩んだ。


 できれば野球とは距離を置きたいと思っていた。それに加えて自分も進学校に進んだ以上、陸上部の練習だけではなく、勉強もしなければならない。

(自分のために、自分の時間を使う。すべては自分のために)


「あの・・・」

 真田は断ろうともう一度恋の顔を見ると、言葉に詰まった。


 恋の目は少し潤んでおり、唇も小刻みに震えている。体格も170㎝以上の身長に、スポーティーな肉付き。そんな彼女は毅然と振る舞おうとしているが、そんな彼女が真田には迷子になった小さな少女のように見えた。


「わかった・・・よ、観に行くよ」

 

 笑顔で言葉を返す。笑顔が正解かはわからなかったが、恋を安心させたい、そう思った真田は不器用かもしれないが笑顔を作った。そして、自分の甘さにも少し呆れていた。


「そっか、そっか!!うん・・・嬉しい!!」

 ぱっと明るく満開の笑顔になった恋。

 

 (まっ、いっか)

 真田は細かい損得勘定なんて、その笑顔があればお釣りが来ると思い、考えるのをやめた。


 真田は口角が上がるのを抑えようとしたが収まらず、恋に気づかれないように右手の甲で口元をこする様にして隠す。

 

 笑っている恋を観察していると、同じユニフォームで笑っていた七海の笑顔が真田の脳裏によぎった。

 

 「じゃあ、再来週の日曜日10時から。場所は古戦場のグラウンドだからよろしくね。ウイニングボールは真田君にあげるよん」

「はは・・・ははっ。まぁ・・・楽しみにしてるよ」


「よっしゃー!燃えてきた。マックス160パーセント!!」

「160って・・・中途半端な・・・」

「ぶいっ」

 ピースサインをして、恋はグラウンドの方に走っていた。


「まぁ、たまにくらいなら・・・人の応援だっていいか。でも・・・」

 倉庫の方に視線を向ける。


「彼女はどうしたんだろう?」

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