トラキャット

広場を出ようとしたそのとき、アーキルが警戒の声を上げた。

アーキル「敵がいるぞ!」

それを聞き、ミシアは慌てて馬車を止める。そしてタニア以外は馬車を跳び下り、アーキルの周りに集まる。


アーキルが睨んでいる方向…馬車が進もうとしていた方向に、3メートルくらいの大きさの猫のような魔物が3匹居た。こちらを見て姿勢を低くし、唸っている。

ケニー「トラキャットですね。聞いていた通りです」

ライラから、この付近でトラキャットが出るかもしれないと聞いていた。

トラキャットは大きな猫のような姿をした魔物で、普段は谷底にひそみ、谷に落ちてきた、あるいは川を流れてきた獲物を捕捉し喰らうという。

しかし雨で谷底の川が増水すると、谷の上に上がってくることがあるらしい。


トラキャットには見た目が異なるものが何種類かいて、一番大型で何でも喰らうのがトラキャット・スラブル、次がトラキャット・エラとトラキャット・エク。

アーキル達の前にいる内の1匹はトラキャット・エクで、もう1匹はトラキャット・イオ、最後の1匹はトラキャット・スキュラだ。

トラキャットXエクは黄色い毛並みで黒い筋の模様が混じっている。トラキャットIイオは白い毛並みに青い模様。トラキャットSスキュラは下半身が何匹もの蛇の尾になっているという不気味な姿だ。


アーキル「3匹なら、やれそうだな」

ケニー「今いるのが全てとは限りません。警戒を」

その瞬間、トラキャットIが跳躍した。まだ距離があったのに一跳びでアーキルに到達し、前足の爪でアーキルを薙ぎ払う。アーキルはかろうじてグレートソードで受けた。

アーキル「うおっ!」

ミシア「やあっ!」

アーキルに止められたトラキャットIにミシアが殴りかかるが、トラキャットIはまたも跳躍して躱し、距離をとる。

アーキル「なかなかやるな…!」


トラキャットXは後方で様子を窺っているようで、まだ動く気配は無い。トラキャットSはこちらに向かってきているが、下半身が複数の蛇になっているせいか、動きは遅い。

ルディア「今なら各個撃破できそうです!」

コノハ「了解!」

コノハはトラキャットIに向かって矢を放つ。当然のようにトラキャットIは跳躍して避け、そのままコノハに襲い掛かる。

しかしミシアがそれを迎撃する。ミシアはジャンプし、空中でトラキャットIの前足にしがみついた。バランスを崩して落下するトラキャットI。ミシアはその下敷きになった。

ミシア「ぐべっ」

アーキル「よくやった!」

その隙を逃さず、アーキルはトラキャットIの胸にグレートソードを突き刺した。

トラキャットI「ウガアアアァァ!!」

トラキャットIは絶命する。


ルディア「次が来ています!」

トラキャットIを倒している間に、トラキャットSが間近に迫っていた。

トラキャットSは下半身の蛇で体を支え、それを支点に上半身を横からスイングしてアーキルに襲い掛かった。およそ猫のような動物とは思えない動きに、意表を突かれる。アーキルの防御は間に合わない。

が、そこでケニーが防壁魔法を放った。光る壁がアーキルの前に現れ、トラキャットSの前足の爪の攻撃を防ぐ。

しかしトラキャットSは今度は上半身を支点に下半身を浮かし、下半身の蛇たちが手近なミシアやルディアを襲う。

ルディアへの攻撃は再びケニーが防壁魔法を使って防いだものの、ミシアには間に合わない。トラキャットIの下敷きになったまま、蛇の尾で叩かれるミシア。

だがそれくらいの攻撃ならミシアは耐えられた。

コノハ「ミシアから離れなさい!」

コノハがトラキャットSの顔に向かって矢を放つが、またもトラキャットSは上半身を動かして避けた。トラキャットSはミシア(とトラキャットI)を踏み潰している体勢になる。

ミシア「うぎゅぎゅう…!」

タニア「お姉さま!」

ミシア「だ、大丈夫…。これくらいじゃ潰されないから…!」

ミシアは自身の身体を覆っている強化魔法に、普段よりも魔力を込めて耐える。

トラキャットSはミシアを踏んだまま、またも上半身を横殴りに動かし、アーキルを襲う。

アーキル「同じことが二度通じると思うな!」

横殴りで襲い掛かってきた前足に対し、アーキルは今度はグレートソードの先端で受ける。剣先がトラキャットSの前足を突き破った。

トラキャットS「フギィィイイ!!」

アーキル「へっ、どんなもんよ!」


勝ち誇ったアーキルは、しかし次の瞬間弾き飛ばされた。

ケニー「なっ、速い!」

さっきまで離れて様子見をしていたトラキャットXが、猛スピードで走り寄ってアーキルに体当たりしたのだ。ケニーが防壁魔法を使おうと考える暇も無かった。

コノハ「アーキル!よくも!」

コノハが矢を連射するが、トラキャットXは俊敏に躱す。

コノハ「なんて速さ…!」


トラキャットXはミシアの横に降り立った。ミシアはまだトラキャットS(とトラキャットI)に踏まれたまま起き上がれないでいた。

そしてトラキャットXはミシアの腕に噛み付いた。そのままトラキャットSの下から引きずり出す。

ルディア「ミシアちゃんが食べられちゃいます!」

ケニー「まずい!連れて行く気ですよ!」

タニア「お姉さま!」

ミシア「ふんっ!助け出してくれてありがと!」

しかしミシアは、腕を噛まれたまま、残りの全身を使ってトラキャットXの首に組みついた。そのまま両足で挟んで首を絞める。

トラキャットX「ギュアアア…!!」

トラキャットXは苦しそうにミシアを振り回しながら前足で叩くが、ミシアは離れない。

アーキル「いいぞミシア、そのまま押さえてろ…!」

弾き飛ばされていたアーキルは起き上がって剣を拾い、トラキャットXの方へ行く。

それを妨害しようとするトラキャットS。

ルディア「邪魔ですっ!」

ルディアがレイピアでトラキャットSの蛇を攻撃して牽制する。

アーキル「おらあっ!!」

アーキルはトラキャットXにグレートソードを突き立てた。

そのまま剣を引き抜き、トラキャットSの方を向く。

トラキャットSは不利を悟ったのか逃げようとしたが、他のトラキャットほどのスピードは無く、簡単に背後から切り捨てられた。


コノハ「ふう、なかなかの強敵だったわね」

ケニー「トラキャットが3匹だけとは限りません。急いで離れましょう」

ミシア「魔液は?」

ケニー「今は回収している時間はありません」

ルディア「そうですね。今は早く行くべきです」

ミシア「分かった。みんな馬車に乗って。…?」

ミシアは御者席に座って手綱を握ろうとしたが、上手く握れない。

ミシア「あれ?変だな?なんか手が上手く動かないや…?」

タニア「お姉さま?!大丈夫ですか?!」

ミシア「大丈夫、痛くないし。ただ上手く動かないだけ」

アーキル「俺が御者をやろう。全員馬車に乗れ。しばらくは早足で行く」

アーキルとルディアが御者席に座り、残りは少々手狭だが荷台に乗る。


そしてケニーはミシアの怪我を診ようとした。

ケニー「相変わらず、外見からは怪我が分かりませんね…」

ミシアは全身を強化魔法で覆っており、その魔法特有の副作用で肌に傷ひとつ無いように見えるのだ。

ミシア「でもさすがに牙を全部は防げなかったみたい。そのせいで手が動かせないのかな?すごいアゴぢからだったね…!」

ケニー「顎力って…。咬合力のことですかね。とりあえず、治癒魔法をかけておきますね」

傷は見えなくても、出血していると血だけは見える。

ケニーは血が出ている場所に手を当て、治癒魔法をかけた。外見上は分からないが、傷は塞がっていっているはずだ。

ミシア「あ、なんか手が動くようになったよ!ありがとう、ケニー!」

ケニー「それなら良かったです」

タニア「本当に良かった…!ケニー様、ありがとうございました!」


コノハ「みんな、安心するのはまだ早いわ。後ろからトラキャットが1匹追ってきてる」

後方を警戒していたコノハが警告を発する。

ケニー「やはりですか…」

ケニーも後方を見る。

ケニー「…あれは、トラキャット・フィンだと思われます」

トラキャットFフィンは、他のトラキャットと比べて足が長くしなやかで、走る速度が速く、しかも長距離走れる。トラキャットFからは誰も逃げられないという。


コノハはトラキャットFに向かって荷台の上から矢を何発か放ったが、どれも走りながら横に上にと躱される。

コノハ「そうだろうと思ってたわ…」

ケニー「いえ、もう一度お願いします」

コノハ「…?」

コノハは言われた通り、もう一度矢を放つ。これもトラキャットFは軽くジャンプして躱す。

ケニー「今だ!」

トラキャットFがジャンプした瞬間、ケニーはトラキャットFの前に魔法の壁を作った。トラキャットFは壁に激突する!

と思われた瞬間、トラキャットFは壁に爪を立てて蹴り、さらに跳躍した。

ケニー「僕の壁を踏み台にした?!」

そのままトラキャットFは上空から荷台に襲い掛かろうとする。


ミシア「させるかぁ!」

ミシアが荷台から跳び出し、空中でトラキャットFに蹴りを入れる。

そのままトラキャットFとミシアは道に落下した。


ミシア「先に行って!」

ミシアは素早く立ち上がって、仲間たちに先に行くよう促す。トラキャットFもゆっくり起き上がる。

ケニー「しかし!」

タニア「お姉さま!戻ってください!」

アーキル「くっ」

コノハ「アーキル!」

ルディア「駄目です、アーキル!止まって!」

ルディアはアーキルが握っていた手綱を横から引っ張り、馬を止める。乱暴な手綱さばきに馬がヒヒーン!と鳴き声を上げた。

アーキル「慌てるな、仲間を置いていくわけないだろうが!」

アーキルは剣を取って馬車を降りようとする。


だが仲間たちが援護に駆けつける間も無く、トラキャットFはミシアに正面から突進した。

ミシアはそれを迎撃しようとパンチを繰り出す。が、トラキャットFは唐突に横に跳び、ミシアの右側から腹に噛み付いた。

ミシア「ううっ!」

しかしまたもミシアは噛み付かれたまま勢いを利用して、倒れこみながらトラキャットFを蹴って弾き飛ばす。

トラキャットFは宙を舞った。ミシアを咥えたまま。

そのまま、道を外れてミシアもろとも谷底へ向かって落下する。

タニア「お姉さまぁ!!」

ルディア「ミシアちゃん!?」


ケニー「壁よ!!」

ケニーは落ちるトラキャットFとミシアの下に水平な魔法の壁を作った。

トラキャットFはその壁に激突し、衝撃で、咥えていたミシアを離す。

ケニー「壁から離れて!」

ミシアも壁に落下した衝撃があったが、言われた通りに急いで魔法の壁からジャンプし、崖にしがみつく。

ケニーはトラキャットFが体勢を整える前に魔法の壁を解除した。

トラキャットFは空を飛べるわけではないので、為す術もなく谷底に向かって落下し、激流に激突して流されていった。


ミシア「ふう、助かったよ、ケニー」

ケニー「無茶しないで下さい…。そこから登れますか?」

ミシア「いてて…。うん、やってみる」

ミシアは昔の事件の影響で手足は痛みを感じないが、その他の部分は痛みを感じる。トラキャットに噛まれたお腹は痛むが、しかし痛みを我慢することには自信があった。

ルディア「待って、ミシアちゃん。崖を登るのは危険です。今ロープを下ろしますから」

冒険者なら、必須アイテムとしてロープは持ち歩いているものだ。

仲間たちが持っているロープを結び合わせて必要な長さにし、ミシアの所まで垂らす。

ミシアはロープを体に巻きつけた。手先が不器用なので結ぶのは難しいが、巻きつける程度なら問題ない。

そして、皆で(主にアーキルが)ミシアを引っ張り上げた。


タニア「お姉さま!ご無事で良かった…!」

ミシア「あはは、心配かけてごめん」

ケニー「まったくですよ。噛まれたところは大丈夫ですか?」

ミシア「うぅ、腕と違ってお腹だから、痛いかも」

ケニーはミシアが示す場所に治癒魔法をかけた。

ミシア「痛くなくなったよ!ありがとう、ケニー!」


アーキル「ほんとにお前ときたら、危なっかしくて敵わん」

ルディア「そうですよ。誰か一人だけ置いていくなんて、有り得ないんですからね?」

ミシア「うーん…ごめんなさい」


皆が話している間も、コノハは周囲を警戒していた。

コノハ「…追ってきたのはあの1匹だけだったみたいだけど、念のため、早く行きましょう」

ルディア「そうですね。休むのは安全な所まで行ってからですね」

一行は再び馬車に乗り、先を急いだ。


・・・


タニア「お姉さま達は、いつもあんな魔物と戦っているんですか…?」

ミシア「今のやつは、いつものより強かったけどね」

アーキル「力が強いだけならどうってこたねえが、スピードもあるとそれなりに強敵だな」

コノハ「強がってるわね…」

ケニー「場所も不利でした。ここは道幅が広いとはいえ、谷側で戦うのはやっぱり怖いですからね…。ミシアが落ちたときはドキリとしましたよ」

タニア「本当ですよ!」

ミシア「あはは、ごめんごめん。落ちるつもりは無かったんだけど、つい…」

ルディア「ついじゃないです!気をつけて下さいね」

ミシア「うん、分かった!」


コノハ「それにしても、道にあんな魔物が出るなんて。村の人たちは大丈夫なのかしら?」

ケニー「トラキャットは普段は谷底にいるらしいので。いつも道に上がってくるようなら、さすがに村人が通ることは出来ないでしょう」

ミシア「うん。大雨が降ったらしばらくは通るなって言われてるし。今回はみんなが居るから大丈夫だろうって」

アーキル「いい判断だ。あんなやつら、オレたちの敵じゃないからな」

コノハ「だから強がるのはやめなさいって」

コノハとしてはアーキルの耳を引っ張りたいところだったが、アーキルは御者席、コノハは荷台の後ろで後方を警戒していたので、出来なかった。

ルディア「タニアちゃんも居ますし、あまり戦いたくはないですね…」

コノハ「ええ…」


しかしこれ以上トラキャットに襲われることはなく、崖の道を抜けることが出来た。

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