テレポートの魔法(語り:ケニー)

森の中で何日か過ごして何度も魔物を倒し、魔畜瓶の魔液もだいぶ貯まってきた。皆で相談し、そろそろ村に帰ろうということになる。


ミシア「帰るのはいいんだけど、歩いてくのが大変なんだよねぇ。ルミさんみたいに空を飛べると楽なんだけどなぁ。ぱっと家に帰る魔法って、無いのかな?」

森の中を歩きながら、ミシアはケニーに愚痴をこぼす。

ケニー「それは、テレポートの魔法というやつですね」

ミシア「あ、そういう魔法あるんだ!」

ケニー「いえ、ありません」

ミシア「がくっ」

ケニー「正確には、古代魔法帝国時代にはあったと考えられていますが、今は無いということです」

ミシア「え?なんで?」

古代魔法帝国は、今から5000年ほど昔に栄えたとされる国だ。様々な魔法が生み出され、現代にも伝わる魔法具はほとんど全てこの時代に作られたという。


ケニー「その前に、テレポートの魔法の原理を考えてみましょう」

アーキル「始まったよ…」

コノハ「そう言わないで。知識があると、それを披露したくなるものよ。黙って聞き流してあげましょう」

アーキル「その言い方も酷えな…」


ケニー「テレポート、すなわち遠隔地への移動をするためには、2つの方法が考えられます」

ひとつは、情報を転送する方法。

もうひとつは、空間を捻じ曲げる方法。


ケニー「情報を転送する方法は、原理的には実現可能性が高いです。

僕らの体は、原子というとても小さな粒がたくさん集まって出来ています。全ての原子の位置情報を別の場所に送り、全く同じように構成して作り出せば、その場所に自分が現れるというわけです」

ミシア「へえ!…でも情報を送るのって、どうやるの?それに、作り出すとか、大変そうだけど」

ケニー「そうですね。でも似たものは既にあります。リンターという魔法具を知っていますか?」

物質生成器リンターは、魔力を与えることで物体を作り出す魔法具だ。いくつかの種類があり、例えば紙を作り出すリンターや布を作り出すリンターなどがある。生活必需品で大量に供給されている物は、大抵がリンターで作り出されたものだ。

つまり、リンターは紙や布の情報を保持しており、それを具現化すると考えられる。

ちなみに、魔法具、特に壊れていないリンターを見つけると一攫千金なので、それを目的にしている冒険者もいる。

ケニー「それに、情報を送るのは、遠見の水晶板テレバンや遠話の首飾りのような魔法具がありますからね」

ミシア「ああ、それは知ってるよ!へぇ、だったら実現できそうだね!…あれ、でも待って?向こう側に自分が作り出されたら、こっちにいる自分はどうなるの?」

ケニー「良い点に気付きましたね。それがこの方法の問題点です。

まず、向こうに作り出された自分は、果たして自分なのか?という問題があります。

向こうの自分も全く同じ記憶・性格を持っているので、他人が見たり話したりした場合、こちらの自分と全く区別がつかないでしょう。そういう意味では、テレポート成功です。

しかし向こうの自分が何か見聞きしたり触ったりしても、こちらの自分には何も分かりません。いわば、よく似た双子がいるのと同じような状態なのです。そういう意味では、こちらの自分が向こうにテレポートしたとは言えません。

そしてミシアも気になった通り、向こうとこちら、2人の自分が別々に存在する状態になるのです。

もし1人だけが存在している状態にしないといけないとしたら、こちらの自分を殺すことになるでしょうね」

ミシア「ええー、そんな…!そんなの移動したとは言えないよ!」

ケニー「はい、その通りです。この方法は駄目なんです」


ケニー「そこで2つ目の方法。これは、空間を捻じ曲げる方法です」

ケニーは荷物の中から包帯を取り出して、少し伸ばして切り取った。

ケニー「ここに帯があります。この上をアリが歩いて端から端へ移動するとしましょう」

ミシア「うん」

ケニー「このとき、帯の上を歩いていくと時間がかかりますね。これが普通の状態です。

しかしこうやって帯を丸めて両端をくっつけると、くっついた側を歩いていけばすぐに反対側へ辿りつけるというわけです」

ミシア「おおー。確かに!でも実際にやろうと思ったら、どうするの?…地面を曲げるのかな?」

ケニー「今のは、2次元空間でしか移動できないアリに対し、3次元的に空間を曲げたという方法です。

すなわち、僕らのいる3次元空間に対しては、4次元目を曲げれば同じように移動できるというわけです」

ミシア「4次元??なにそれ??」

ケニー「ははは。僕らには見えませんからね。4次元目が実際にあるかどうかは分かりません。だからこの方法が実現できるかどうかは分からないんです」

ミシア「なんだぁ…」


ケニー「でも、どういう方法かは分かりませんが、昔はテレポートの魔法があったと思われる痕跡があるんです」

ミシア「え?どういうこと?」

ケニー「オラク教の経典というものを知ってますか?」

ミシア「オラク教?知らないなぁ。ボクたちはオラク人だけど、関係ある?」

ケニー「ええ、その通りです。僕らオラク人は、実は昔サン人と言われていた人種のうち、オラク教を信じた人々が先祖なのです」

ミシア「サン人は知ってるよ。曜日に出てくるやつでしょ?」


クラスタリアでは、1年が360日で12ヶ月、1ヶ月は30日で5週間、1週間は6日と決まっている。

週には曜日が割り当てられており、曜日の名は、人間の主な人種を表しているとされる。ちなわち、

火曜日…火のサラム人

水曜日…水のウィンズ人

木曜日…森のエルフ人

風曜日…風のシルフ人

土曜日…土のドワフ人

日曜日…神託のオラク人

日曜日は日すなわち太陽を象徴しているはずなのに、神託のオラク人なのは何故か?実は、昔は太陽のサン人を表していたのだ。しかし大昔にサン人は滅び、今人数が一番多いのはオラク人だ。だから今では日曜日はオラク人を表しているとされている。

そしてオラク教という宗教自体はほぼ消滅したが、神に祈るという習慣などはオラク人の文化として残っているのだ。


余談だが、クラスタリアにある有名な物語のひとつに『13日の風曜日』というホラー小説がある。13日の風曜日になるとジーソンやジャクソンという名の白い仮面を被った怪物が現れて人々を襲うという物語だ。

クラスタリアでは日にちと曜日が固定されているので、13日は必ず火曜日になる。だから『13日の風曜日』というタイトルは、それだけで異様だということが伝わるのだ。


ケニー「オラク教が廃れた理由は、その教えが「魔法具を使うな」という極端なものだからだと考えられています。魔法具を使わない暮らしは考えられませんからね。

しかしオラク教の最も古い経典では、魔法具を使うなという全般的なものではなく、「テレポートの魔法具を使うな」とピンポイントで名指しされていたらしいのです」

ミシア「へえ?!そうなんだ!でもなんでだろう?」

ケニー「理由は分かりません。しかしそう書かれている以上、昔は何らかの方法でテレポートの魔法が実現されていたのだろう、と考えられるわけです」

ミシア「んんー、なるほどぉ…」

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