第28話 たとえ会えなくても

 時刻は21:30。今日も、22:00から、ビデオチャットでマユと話すことになった僕は、PCの前に座って待機していた。今日はひときわ会えない事が寂しかったから、早く顔が見たかった。しかし、30分前待機というのは我ながらいかがなものかと思う。

 

 デートの待ち合わせならいざ知らず、ビデオチャットで30分前に待機、なんて馬鹿げていると思うけど、他の事をやろうとしてもなかなか手につかない。こんんな事を言おうものなら心配をかけてしまいそうなので、簡単には言えそうにないけど。


 少し思いついて、"遠距離恋愛 コツ"というキーワードで検索をしてみた。こんな事でもネットの知恵に頼るのかと自嘲してしまいそうになるし、そもそも検索した程度で出てきた情報が解決の糸口になるとも思えない。なんせ、別にうまく行っていないわけでもないのだ。


 「遠距離恋愛で成功する秘訣」題されたページがヒットしたので、読んでみる。まずあったのは、「遠方で寂しい事はお互い事前に了解しておく」というものだった。了解、か。たしかに、付き合う時にその事はお互い了承済みだったし、だからこそ、ビデオチャットで寂しさを補うという事にもなったのだった。でも、予想以上だったと少し思う。


 次。「頻繁に会えないからこそ、相手に思いやりを持つ」か。マユには彼女の生活があるし、メッセージを送りまくったり、生活を邪魔するようなことはしていない……はず。でも、ビデオチャットではちょっと喋りすぎているかも。夜遅くなる事もあるし、もう少し早く切り上げた方がいいだろうか。


 「顔が見えるのでビデオチャットがお勧め」か。それはまさに僕たちが実践していることだった。やっぱり、好きな子の顔が見えるのとそうじゃないのとは雲泥の差だ。


 そんな感じで色々見ていくけど、「次会える日を決める」とか「お互いに写真を送り合ったりする」とか「日頃からマメに連絡を取り合う」とか、どれもこれも実践している事ばっかりだった。


「やっぱり、検索してくる情報なんて、そんなものだよね」


 なんて少し偉そうな事を思いながら、最後の項目を見ると、「 寂しい、心細いといった気持ちはきちんと相手へ伝える」とあった。その項目を見た時、僕はハッとした。一見当たり障りがない内容だけど、まさに、僕は、彼女に会えないのが寂しい余りに他の事が手に付かない事を話すかどうか迷っていたのだった。


 でも、ページに書いてあるのは、普通の範囲で寂しいとか、相手が構ってくれないとかで、僕が陥っている状態とはまた違う気がする。そもそも、結局はマユと僕の問題であって、ページをまんま参考にしようとしてもうまく行かないだろう。


「よし、一度ちゃんと話してみよう」


 正直言って、マユが普通に楽しく日常を送っていたら、「重っ」って引かれそうな気がするけど、それでも伝えないまま心配させるよりはずっといいだろう。


 ページを見ながら考え事をしていたら、約束の22:00まであと1分というところになっていた。危ない危ない。慌てて、ビデオチャットアプリを立ち上げて準備をする。ちなみに、Webカメラはもちろんのこと、音声通話のためのヘッドセットも高音質のものを買っている。こだわり過ぎだと言われそうなところだけど、せめてこれくらいはこだわりたいのだ。


 準備を済ませて入室した時は、22:03。わずかに約束の時間を過ぎてしまっていた。


「こ、こんばんは、マユ」

「こんばんは、ユータ。珍しく遅れたね?あ、気にしとるわけやないからな」


 柔らかな笑顔で、僕に向かって話しかけてくれる彼女の顔を見ると、今日の寂しさがそれだけでだいぶ和らいだ気がする。顔を見て声を聞くというのは、やっぱり大きいのだろう。


「それなんだけどね……」


 話そうと思うものの、どう話したものだろうか。


「なんやいいにくい話か?」

「言いにくいっていうか、マユが聞いたら引くかも、って」


 話そうと決めたはずなのに、未だにそんな事を考えている自分が嫌になる。


「それは私らの関係についての悩みなんか?」

「そうとも言えるし、僕の問題とも言える」

「とにかく言うてみい。今更ちょっと変な事言っても大丈夫。長い付き合いやろ?」


 そういえば、そうだった。今更、この程度の事を打ち明けてどうこうなる関係じゃなかったはずだ。意を決めて話し出す。


「あのさ。大阪から帰って来てからこっち、全然手がつかないんだよ」

「手がつかないっちゅうんは?」

「文字通り。講義を聴いてても、声が右から左へ。友達が話しかけても生返事」

「……」

「他にも色々あるけど、予想以上に会えないのが参ってたみたい」

「そなんやね。そこまで想ってくれて嬉しい限りやわ」


 聞き終えた彼女の第一声は意外なものだった。嬉しい?


「え?」

「だって、私の事、好きやから、そんだけぼーっとしとるんやろ?」

「う、うん。そうだけど」

「そやったら、彼女としては嬉しい限りやよ。もちろん、心配もあるけど」


 そう、にこやかな笑顔で語るマユを見て、僕は色々考え違いをしていたのを悟った。好意が自分に向いてくれているか気にしているのはマユも同じ。だから、それで引かれるなんて事もなかったんだ。


「実は引かれるかどうかちょっと心配してたんだ」

「そんくらいで引くかいな。ユータはそういうとこ、堅いんやから」


 軽くバンバンと机を叩くマユ。近くに居たら、肩でも叩かれそうだな。


「そう言ってくれて、だいぶ気が楽になったよ。ありがとう」

「おおきに。でも、その……症状は大丈夫なん?」

「大丈夫……かはわからないけど。でも、遠距離恋愛をしたら、そうなるものなのかもしれない。だから、自分でなんとかしてみるよ」


 とそこまで言ってマユはどうなのだろうと気になった。


「マユはどうなの?僕が……言い方はアレなんだけど、側に居ないと寂しいとか」

「そりゃ、私も寂しいに決まっとる。でも、そやね。それで身が入らんようになったら、周りにも悪いし、何よりユータに心配かけるから。なんとか切り替えとるよ」


 少し照れくさそうに話すマユの顔を見て、彼女も同じように思ってくれていたんだって実感した。


「器用だね。切り替えるコツとかあったら教えてほしいんだけど」

「そんな都合のいいもんあるかいな!」


 笑顔でばっさりと一刀両断。ま、半分ダメ元というかボケみたいなものだったけど。


「でも、そやね。思いっきり走り込むやとか、観光でも行くとかそういう感じでリフレッシュするんはありとちゃうかな。他の事考えないとあかんなら、寂しさも和らぐやろし……」


 指折り数えて、気を紛らわせる方法を提案してくる。けど、なんだか妙に実感が籠もっているような。


「走り込むとかって……ひょっとして実体験?」

「黙秘権を行使するわ」

「それって、白状したようなものだよね」

「なんとでもいうといいわ」


 そんなくだらない言い合いをしている内に、また少し気が紛れたというか落ち着いた気がする。これってどういうことなんだろう?


「とにかく、アドバイス助かるよ。このままだと単位落とすとか友達に言われたし」

「ちょ。それは聞いとらんよ!?だ、大丈夫なん?」

「まだ少しだから、これから持ち直せば、大丈夫、だと、思う」

「ほんっと世話やけるんやから」

「ご迷惑をおかけしております」


 少しおどけて言ってみせる。その後も、お互いの生活の事とか、次会う日はいつにしようかとか、今日のお昼ごはんとかそんな話をしている内に、気がつけばもう24:00。


「それじゃ、またね」


 名残惜しいけど、あまり引っ張ると生活に支障も出る。


「そやな。でも、ユータ。また、なんかあったら遠慮なく言うてな?」

「あんまり手間かけさせたくないけどね」

「言ってくれへん方が心配やから。こういうんも遠距離恋愛の醍醐味と思わん?」


 醍醐味……か。


「そう言って言えなくもないかも。ビデオチャットだってそうだし」

「やろ?やから、お互い心配な事は言い合って、楽しんで行きたいと思うんや」

「楽しむ、か。そうだね。じゃ、今夜はマユとの事妄想しながら寝ようかな?」


 ちょっとした冗談を言ってみる。


「ちょ。私とナニする妄想するつもりや?」

「ナニってナニのつもりだけど?」

「はあ。やったら、私もユータとの事妄想するからな?」


 どんな妄想をされるのだろうか。


「ちなみに、どんなこと?」

「カナがユータと二人でナニしてるとこ」


 悪戯っぽい顔でそんな事を言われる。


「そんな、BL同人誌みたいな妄想やめて!」

「ユータが先に言うたんやろ?」

「じゃあ、せめて、普通の妄想にしてよ」

「普通ってなんや。エッチな妄想は普通でBLな妄想は普通やないんか?」

「いや、それを言われると弱いけど。とにかく、お休み」

「そこで打ち切られるとムカつくんやけど。お休み」


 そうして、会話が終わったのだった。不思議と、寂しさは感じない。最後のやり取りが、恋人になる前によくやっていたような、いい加減な言い合いだったからだろうか。考えてみれば、付き合い始めてから、会話にユーモアが欠けていた気がする。


(案外、そういう所にヒントがあるのかもしれないな)


 昼間はどうにもならないと思っていたけど、案外どうにかなるのかもしれない、と楽観的になっている自分が居る。ほんと、遠距離恋愛ってままならない。

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