第26話 大阪見物
ふと眼を開けると、そこは見知らぬホテルの1室。時間はまだ8:00だ。
(そういえば、昨日はマユと泊まったんだっけ)
隣には、バスローブだけを着て横になっているマユの姿。
勢いのまま、大阪までマユに会いに行きて、一線を超えてしまったわけだけど、少し恥ずかしい。
今日はどうしようか。できれば、夜まで一緒に居たい。夜行バスなら明日の朝には東京に着くし……と考えて、ふと我に帰った。考えてみれば、これからこうやって大阪まで来る事は何度もあるだろうし、その度に夜行バスだと無理しすぎじゃないか?
「うーん……ユータ……」
寝返りを打ちながら、僕の名前を呼ぶマユがなんとも艶めかしい。
「ん?ユータ……」
と思ったら、目が覚めたらしい。
「おはよう、マユ」
寝癖がついていて髪がぼさぼさで、寝ぼけ眼な彼女もまた、普段とは違った愛らしさがある。まるで、子どものような。
「……あ、昨日は泊まったんやったね」
周りを見回して、昨日の事を思い出したのか、少し頬を赤らめるマユ。
「うん。寝顔、可愛かったよ」
少し歯の浮きそうな褒め言葉を言ってみる。
「寝顔て……ああ、髪ぼさぼさやん。寝癖なおさんと……」
慌てて、パタパタと洗面所に向かうマユ。これはこれでいいと思ったのだけど、マユにしてみると恥ずかしいらしい。
しばらくすると、髪を整えて、ぱっちりと目覚めた感じのマユが戻ってきた。
「今日はどうする?僕は、14:10大阪駅発のバス乗るつもりだけど……」
結局、夜行バスで帰るのはやめることにした。
「うーん。午前だけやとそんなに時間取れへんやろな……昨日いけへんかったから、カラオケとあとは、近く見て回るのでどうや?」
マユからの提案。確かに、一理ある。
「そうだね。梅田付近だけでも色々あるだろうし」
一緒に居られるだけで、今は幸せだ。
「よっし。せやったら、外出て、ご飯たべよ?」
「そうだね」
というわけで、荷物をまとめてチェックアウト。近くの牛丼屋へ。
「こうやって、朝ごはん食べてるの不思議な気分だよ」
目の前にマユが居て、こうやって、牛丼屋で朝ごはんを食べているのが、どこか非現実的な光景のようにも感じられるのは、まだ付き合って間もないからだろうか。
「私もやね。まだ、慣れてないからやろか」
マユも同じような事を考えていたらしい。
その内、こんな風景が自然になる日が来るんだろうか。そんな事を思ったのだった。
ご飯を食べた後は、本来なら昨日行くはずだったカラオケボックスへ。
マユは何でも歌えるけど、特に、女性歌手のアニソンをよく歌う。
「前から思ってたんだけどさ」
歌が一段落した後に話しかける。
「マユは他の友達と歌う時もアニソンなの?」
「人によりけり、やね。アニソンなんて、ちゅう人もおるし」
「そういう人とも付き合えるのは器用だね、マユは」
「さすがに、ヲタ趣味馬鹿にしてくる連中はイラっと来るけどな」
その気持ちは凄くよくわかる。知りもしないのに、眉をひそめてくるんだよね。
「ユータもアニメ・ゲームとかより、工作系やろ?よくもまあ、色々歌えるもんや」
「作業用BGMにしてたら、いつの間にか覚えちゃったんだよ」
「電子工作しながら?」
「そうそう。音楽が流れてないと落ち着かないんだよ」
音楽があった方が断然やる気が出てくる。
「ユータも十分器用やと思うけど」
「そうかな……」
いまいちピンと来ない。そうして、たっぷり2時間程歌った後は、大阪駅周辺を散策。当然、手はつなぎながらだ。
「僕が大阪居たときとは、随分景色も変わったよね」
「この辺り、いっつも工事しとるからなあ」
いつの間にか移転していた店や、潰れた店、新しく出来た店がいっぱいある。
「ここらへんも人が多いけど、都心とはまたずいぶん違うね」
「どの辺がや?」
問われて、少し考える。うーん。
「うまく言えないけど、新宿辺りだとひたすら人が多いって感じなんだけど、こっちはなんか活気があるっていうか」
ひょっとしたら、それは僕が大阪出身だから感じる偏見なのかもしれない。
「ふーん。私も、そっちの方行ってみたらわかるんかな?」
「どうだろ。案外、あんまり変わらないってなるかも」
「そういえば、新宿って梅田より迷い易いって聞いたことあるんやけど」
「僕にしてみれば、どっちもどっちかなあ。新宿はとにかく横方向に複雑なんだけど、梅田は縦方向に複雑って気がする」
それでも、どっちが迷いやすいかというと梅田だろうか。
その後も、昔住んでいたところに店が出来たとか店が潰れたとか、そんな何気ない事を話しながら、のんびり散歩をして時間を潰した。
その時間は、全然色気のあるものじゃなかったけど、とても心が安らぐ時間で。僕たちらしいと言えるのかもしれなかった。
そして、いよいよ別れる時間が迫ってくる。
「わざわざバスで着てくれてありがとな。楽しかったわ」
「うん。僕も。やっぱりビデオチャットと会うのだと違うね」
「それはそうやろ」
二人で笑い合う。
「今度は、私が東京行くからな」
「待ってるよ。でも、無理はしないで」
「ユータは、昨日今日無理したんか?」
「ううん。そんなことはないよ」
「じゃあ、私も同じってことや」
「そっか。ありがと。じゃ、またね」
そう言って、バスに乗り込む。
(遠距離恋愛、か)
改めて僕たちの置かれた状況を思う。でも、最初は不安だったけど、こうしてバスで会いに行くこともできるし、ビデオチャットで会話もできる。
(きっと、大丈夫)
そんな事を感じた昨日今日だった。
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