第3章 デート(仮)

第17話 日本橋にデートへ行こう

「ふわぁーあ」


 欠伸あくびが出る。今は成人式の翌日の朝で、外はまだ日が昇りきっていない。見ると、皆はまだ雑魚寝したままで、その中にはマユの姿もある。だらーんと手足を広げていて、色気の欠片もない。


 それはおいといて、カナの家の洗面台で顔を洗うと、ベランダに出る。


「さむさむっ」


 急速に意識が覚醒していく。マユを遊びに誘うのには成功したけど、どこに行ったものか。この近くで遊ぶ所といえば、上本町うえほんまち、電車に乗ってちょっとすると日本橋にっぽんばし(東京と違ってにっぽんばしなのだ)、心斎橋しんさいばし道頓堀どうとんぼりなんかだろう。


 上本町は、小さなゲーセンや本屋さん、それに映画館などがある。日本橋は、ある意味東京における秋葉原のようなもので、電気街とオタク系ショップが連なっている。心斎橋は「若者の街」なんて呼ばれることも多いけど、ゴミゴミとした繁華街。道頓堀は食い倒れとして有名だけど、どちらかというと「あの汚い川」という印象が強い。阪神タイガースが優勝すると、道頓堀になぜか飛び込む人が後を絶たないのだけど、あの汚い川によくぞ、と思う。


 告白が失敗するにせよ、成功するにせよ、マユが楽しんでくれるような、そんな一日にしたい。


「食べ歩きが出来るし、道頓堀かなあ」


 などとつぶやく。さすがに大阪出身なので、ある程度はスマホを使うまでもない。


「ユータ♪道頓堀がどうかしたん?」

「わっ」

 

 急に背中から手を回されてビクっとする。


「って、マユか……びっくりさせないでよ」


 振り向くと、そこに居たのはマユだった。僕と同じように起きて来たらしい。


「ユータがなんや黄昏たそがれとったからな」


 狼狽えそうな場面だけど、考え事をしていたので、不思議と平静でいられた。


「ちょっと、どこに行こうか考えてただけ」

「私はどこでも構わんけどえな」

「僕は考えちゃうんだよ」

「ユータらしいな」


 か。


「ねえ、マユ。僕らしい、ってどういうことだろう」

「またなんや哲学的な話すんなあ」

「そういう深い話じゃなくてさ。さっきの言葉の意味」

「深い意味やないよ。相手が楽しめるかとか、そういう事考えとるって意味」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけど、過大評価だと思う。


「別に、僕が楽しんでくれないと嫌なだけで、大したことじゃないよ」

「かおちゃんも言っとったけどな。褒め言葉を素直に受け取れんのは悪いとこやで」

「う。ご、ごめん」


 とは言え、どうしても、僕がそれほどの事をしているとは思えないのだけど。


「考えてくれてるのは嬉しいんやけど、今日はユータが行きたいとこでどうや?」

「僕の?うーん、でも、日本橋で電子工作部品探すとか、アレでしょ」

「好都合やん。日本橋なら同人ショップもあるし」

「あ、そうだったね」


 そういえば、時々忘れそうになるけど、マユは同人誌をよく買うし、自分で同人誌を書いているくらいの奴だった。


「なんか、お目当てのでもある?」

「うーん。新刊出てへんか見に行くくらいやなー」

「そっかー。じゃあ、日本橋にしようか」


 気合を入れすぎて空回っても仕方がない。というわけで、今日は日本橋付近を巡ることにしたのだった。


 それから、しばらくして皆が起き出してきたので、昨日の買い出しで買った残り物をむしゃむしゃと食べる。


「それで、今日はどうする?昼過ぎまで皆で遊んでもええと思うけど」


 カナが皆に向かって発言する。


「あー、ちょっとごめん。用事があって、昼過ぎまでに帰らないといけなくて」

「私も。ごめんな」


 揃って、嘘をつく。きっと、一緒に出かけるといっても、カナたちは笑って許してくれそうな気はしたけど。


「そうか。残念やけど、しゃあないな。次、会えるのは春休みってとこか」

「そうだね。また、どっかで集まろうよ」


 というわけで、朝食を終えた僕とマユは支度をする。


「じゃあ、また、今度。写真送っとくよ」

「頼むわ。マユは……まあ、いつでも会えるな」

「失礼な事いうなあ」


 玄関前でそんな会話を交わす。


(マユとデートか?)

(……そうなるといいんだけどね)

(がんば、ユータ)


 こーちゃんが珍しく応援してくれる。


「ゆーちゃん……」


 少し寂しそうな目をして、僕を見つめるかおちゃん。


「また、春休みに皆で会おうよ。それで、色々話そう?」

「そうだね。ありがと。それと、頑張って」

「助かるよ」


 カナの家を出た僕たち。


「最後の、「頑張って」はどういう意味や?」

「とりあえず、今は聞かないでくれると助かる」

「じゃあ、それも今日の終わりに話してもらうな」

「う、わかったよ」


 さて。こうして、僕とマユは、日本橋へのデート(になるといいなあ)に出発したのだった。

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