第11話 彼女の想い出と勘違いの連鎖

 アトラクションへ向かう道すがら、僕は、告白の後のことを思い出していた。


◇◇◇◇


ユータ【駄目、やったよ……。振られてもうた】


 中学校の卒業式の後、結果を心待ちにしていた彼らに、グループチャットで失敗した事を告げる。ちなみに、グループチャットのタイトルは『ユータ&かおちゃんをくっつけよう作戦』なるものになっていた。当時の僕は、まだ大阪在住だったので、関西弁だった。


カナ【そんなアホな】

マユ【そんなわけが。かおちゃんが、よりによって】

こーちゃん【かおちゃん、なんで】


 彼ら三人が一様に驚きのメッセージを送ってくる。僕の告白が成功するのを疑っていなかったのだろう。ユータとかおちゃんがくっついたら、皆で二人をお祝いしようぜ、などと皆はのんきに語っていた。ひょっとしたら、かおちゃんについて何かの情報を共有していたのかもしれない。でも、失敗は失敗だ。


雄太【すまんな。応援してくれたやのに】


 かおちゃんが好きだった僕は、度々彼らに相談していて、だから、こんな結果になったことが申し訳なかった。そんな気持ちで謝ったのだけど、


カナ【俺らが勘違いしたせいやし、こっちがスマンくらいや】

マユ【ほんにすまんね。ユータ。私らのせいで】

こーちゃん【俺も今回ばかしは、すまんかった】


 むしろ、三人全員から謝罪されてしまった。とりあえず、もう帰るか。そう思って、もう見ることは無いだろう校舎を出て、とぼとぼと帰っていると、一つの通知が。


【しんどいとこ悪いんやけど、ちょい話せへん?】


 マユからだった。一番、かおちゃんとの仲を積極的に推していたので、どうしてこうなったのか聞きたいのだろうか。


 今は呆然とした気持ちで心がいっぱいだったけど、話してみるのもいいかもしれない。そんなわけで、僕の家からほど近い、マユの家に向かった。


 僕の家から徒歩2分くらいのところにマユの住むマンションがあった。見るからに高級感が漂う賃貸マンションで、彼女の家が裕福なことがよくわかる。


 気持ちは依然として呆然としたまま、インターフォンを押して、彼女が出てくるのを待つ。どうして、こんなことになったんだろう。ほんとに。


「ユータ。とにかく、上がって」

「うん。助かるわ」


 出てきた彼女の表情は悲痛、というのがふさわしいもので、今の僕よりもよっぽど思いつめているようにすら思える。


 彼女の部屋はフローリングで、彼女が大好きな吉本新喜劇のDVDや漫才グッズ、あと、同人誌などが置かれていた。それを見て、ちょっとだけ可笑しくなる。


「ど、どうしたん、ユータ?」


 笑みが漏れていたのだろうか。マユがびっくりした表情で問いかけてくる。


「なんや、この同人誌、懐いなあ。マユに手伝わされたんやっけ?」

「そないなことはええから。ええと……」


 躊躇う様子のマユ。大方、失恋した僕から聞くのをとまどっているんだろう。


「知りたいんやろ?話すで」

「そないなことはどうでもええねん。ユータ、ひどい顔しとるよ?」


 そんなに、僕はひどい顔をしているんだろうか。してるんだろうなあ。悲しい、というよりも、ほんとに呆然とした気持ちの方が強いのだけど。


 とにかく、心配をかけたままだといけない。そう思って、表情を取り繕おうとするけど、うまく普段の表情が作れない。


「ほんに大変やったね、ユータ」


 気がつくと、ぎゅっと、強い力で抱きしめられていた。マユの暖かな体温が伝わってくる。


「うん。大変やったよ」

「私らが……いや、私が勘違いしたせいで、堪忍な」


 涙声でそう謝るマユ。彼女が泣いてくれるだけで、少し救われた気がした。


「かおちゃん、僕の事は「大事な友達」やって」

「ほんに、辛かったね」 

「一方的な勘違いやったんかなあ……」

「そんなこと、と思いたいんやけど……」


 マユはやっぱり、かおちゃんが僕を振ったのを信じ切れていないらしい。


「でも、結果が全てやって」

「そやな。ごめんな、ユータ」

「初恋、やったんやけどな」

「よー知っとるよ」

「失恋って、こないに辛いんやなあ」

「そうやね」


 気がつくと、僕は自分の目から涙が出ているのに気がつく。ああ、そうか。ようやく、僕は失恋を受け入れられたんだな。


「かおちゃんと一緒の時、楽しかったわあ」


 小学校、中学校の時の想い出が蘇る。


「……」

「修学旅行で二人きりになったこともあったんやよね」

「私らが協力したんやったな」

「そうそう。マユたちには、はぐれた振りしてもろうたな」


 中学校の修学旅行では、そんな事もあった。


「ゆーちゃんと一緒に来られて、良かった、って言っとったなあ」


 京都での一幕が蘇る。


「そやね」

「友達やから、なんかな」


 いや、事実そうなのだろう。


「……」

「楽しかったなあ」


 振られたのに、彼女との想い出が蘇ってくるのはどうしてだろう。そういえば。


「4月から、みんなともお別れやね」

「今はネットがあるんやから。連絡とろ?」

「かおちゃんとはどうするんがええかな」


 大事な友だちと言ってくれたかおちゃんを外したくはない。でも、連絡を取り合うと想い出が蘇ってきそうで辛い。


「ユータが辛いんやったら、やめとこ?」

「ほんにすまんね」


 いずれ、吹っ切れるようになるまで、時間が欲しかった。


 その後も、度々、僕を連れ出しては、一緒に遊んでくれたマユ。


 そして、引っ越し当日の朝。新幹線の新大阪駅しんおおさかえきまで皆が見送りに来てくれていた。


「ユータ。夏休みとか正月は帰ってこいや」

「ほんと、ありがとな」


 カナが本気で言ってくれてるのがわかる。まあ、彼のところなら、僕を泊めるくらい容易いだろう。


「東京の土産話、待っとるな」

「うん。色々、見とくわ」


 と、こーちゃん。彼は、昔の建物が好きだから、そういう所でも見てこようかな?


「ユータ。東京行っても、ここが故郷やからな」

「僕もそうやよ」


 これから、僕は東京で暮らすけど、ここが生まれ育った土地なのは変わらない。


「それと、かおちゃんの事やけど……」


 言いよどむマユ。


「ん?」

「……いや、ええわ。東京着いたら連絡寄越してや」

「うん」


 そうして、僕は東京に旅立ったのだった。


◇◇◇◇


 と、ここまで思い出して、ふと、違和感に気がつく。


(なんで、マユは僕とかおちゃんをくっつけようとするんだ?)


 マユは思い込んだらその結論を曲げないことはあるけど、それでも、無神経なやつじゃない。むしろ、かなり気を遣う方だ。


 だいたい、マユはかおちゃんが僕を振ったのを知っているわけで、そんな無神経な行動に出るか?再び振られて、僕の傷を増やすだけなのは予想できるだろう。


「ねえ。ひょっとして、マユはかおちゃんが僕を好きだった事を知っていたの?」


 そうだとすると、マユから見れば勝算ありなわけで、納得が行くんだけど。


「あはは。実は、その通りなんだ。あの翌日、まゆみんから、「なんで、ユータを振ったんや?」ってものすごい剣幕で問い詰められてね」

「ああ。そういうことしそうだね。で?」

「凄い剣幕だったからね。伝えたよ。ただ、ゆーちゃんには伏せといてって」

「それで、新大阪で、かおちゃんのこと、何かいいたそうだったのか」

 

 なんてややこしい。つまり、話をした翌日には、かおちゃんが僕を振ったのが本意じゃないのは知っていて、でも、お願いされたから伏せていたと。


 しかし、まだ納得が出来ないことがある。仮に、今、かおちゃんに彼氏が居たらどうするつもりだったんだろう?いや待て、フリーかどうか聞いとくって言ってたな。


「ねえ。マユからさっき、フリーかどうか聞かれた?」

「うん。今は特に居ないよって答えたけど、それが?」


 マユの奴、裏で色々手を回しすぎでしょ。まあ、今更な話なんだけどさ。

 

「いや、色々とつながったんだ。マユが僕らをくっつけようとしてる理由とか」


 そうして、このとてもややこしい構図を語って聞かせる。


「あはは。すっごいややこしいね」


 かおちゃんもちょっと苦笑いだ。


(でも……)


 これ、どうやって誤解を解いたらいいんだろう?

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