第9話 USJと卒業式の想い出

 ユニバーサル・スタジオ・ジャパン。通称UFJ、じゃなかった、USJ。音の響きが似ているから、つい言い間違えそうになるんだよね。


 ハリウッド映画を余すことなく体験できるテーマパークとして、大阪市北区に出来た施設。ちなみに、ユニバーサルシティ駅が最寄りだ。なんでも、駅自体がUSJの開設にあたってできたのだとか。


 それはともかく、


「それにしても、大きい門、フランスの……ええと、何だっけ」


 テレビに写っているのを見た事がある何かの門に似ている気がするのだけど、思い出せない。


凱旋門がいんせもんのことやったら、似てへんと思うけどな」


 こーちゃんからの鋭いツッコミ。


「そうそう、凱旋門。なんか、そんな感じのだった」

「こーちゃんみたいに、細かいとこ覚えとるマニアの方が少ないと思うで」


 カナがツッコミを入れる。


「マニアやない」


 否定するこーちゃんだが、彼は生粋の歴史建造物マニアで、いつか世界中の遺産を見て回りたいらしい。僕にはよくわからない情熱だ。


「とりあえず、入ろうか」


 入り口でチケットを買って、いよいよUSJの中に入る。と、くー、と少し小さい音がなる。周りを見渡すと、かおちゃんが恥ずかしそうにお腹を抑えていた。


「緊張してて、朝から何も食べてなかったから。ごめんね」


 恥ずかしそうにそんな事を告白するかおちゃん。知り合いに会えるか不安だったのだろうなと想像すると、微笑ましく思えてくる。


「よし。まずはご飯行こうよ。皆も軽くなら行けるでしょ?」

「それもええな。入れるところはいってしまうか」


 カナを筆頭に皆が賛成する。ふと、また、通知が。


【相変わらず、かおちゃんには優しいなあ、ユータは】

【別に、かおちゃんにだけってわけじゃないよ】

【わかっとる、わかっとるって】


 二人でやり取りをしていると、他の三人はさっさと歩いて先に行っていたので、あわてて追いつく。


 某ビーグル犬をマスコットキャラクターにしたカフェに入って、思い思いの品を注文する。


 かおちゃんは、ハンバーガーとポテトのセットという普通の食事。僕らは飲み物だけという簡単なものだ。


「ん。おいしい」


 もそもそとハンバーガーに齧りついたかおちゃんが感想を口にする。かおちゃんは食べ方も上品なので絵になる。


「かおちゃん、相変わらず食べ方綺麗やねー。羨ましいわ」


 同じように、かおちゃんが食べる様子を眺めていたらしいマユ。

 

「そ、そんなことないよー」

「照れるな照れるな」

「そうそう、食べ方が綺麗なのは自慢していいよ」

「も、もう」


 二人して、褒めてみると顔を赤くして照れてしまうところは相変わらずだ。


【相変わらず純情だよね、かおちゃん】

【ユータもそれに負けてへんと思うんやけど】

【どういう意味?】


 マユの言いたいことがちょっとよくわからない。


【隠すな、隠すな。まだ、かおちゃんの事好きなんやろ?】

【いや、それはさっき否定したでしょ】

 

 こういう勘違いを避けたかったんだけど。


【あくまで認めへんつもりやね】

【いや、だから本当にそうだってば】

【かおちゃんに、今フリーかどうか聞いといたるから】

【絶対わかってないでしょ】


 マユとの付き合いは短くないのだけど、決めつけた時の彼女の行動は、余計なお節介になってしまうところがある。特に、マユにはかおちゃんに振られたときの事も、傷ついた気持ちも話しているから、なおさらだ。相手に勘違いされるのは、胸が痛い。


(こんなことなら、マユに話すんじゃなかった)


 五年近く昔のことを今更後悔してしまいそうになる。一番慰めてくれたのも彼女だというのに。


(とりあえず、今は、頭を切り替えよう)


 別に勘違いされているだけで、チャンスが絶たれたわけじゃない。そう自分に言い聞かせる。


 気がつくと、こーちゃんがじっと僕の事を見ているのに気がつく。


「何?」

「やっぱ、ユータはぼーっとしとるなあって思っただけ」

「ちょっと考え事してただけだよ」

「そういう時に切り替えられへんのがぼーっとしてるよ」


 そう言われると返す言葉もない。相変わらず、容赦がないこーちゃん。


「でも、ユータはそのままでえーよ」

「お褒めの言葉をありがとう」


 こーちゃんは本心から言っているのだろうけど、僕としては不本意だ。


 さて、食事を終えた僕たちは、一昔前に一斉を風靡したというハリウッド映画『ターミネーター2』の3D映画が見られるというアトラクションに向かうことになった。


 いつの間にか、カナ、マユ、こーちゃんが三人で固まって、少し後ろから僕とかおちゃんが着いて行くという構図になっていた。


「ゆーちゃんは、ターミネーター2、見たことある?」

「うん。一度だけ、金曜ロードショーで」

「私も私も。最後、溶鉱炉ようこうろに沈むシーンは今でも覚えてるよ」

「それ、ネットでよくネタにされるよね。親指立てて沈むシーン」


 初めて見たときは、凄く感動的なシーンだったのに、さんざんネタにされたせいか、今は笑いどころにしか思えないのが困りものだ。


「あれ、すっごく感動的なシーンなのに……」


 かおちゃんもどうやら、ネタにされるのが納得行かないらしい。


「まあ、今日の目玉は3Dだからね」

「あの、ドロっとした奴とかが飛び出てくるんだよね。楽しみ」

「ドロっとしたのって、敵キャラが変形したときの?」

「そうそう。ぞわわーっとしてすっごく怖かったよね」

「確かに、あれは、びくっとした」

「とにかく、そういうのも3Dになってるんだって」


 今回の3D映画は、実際にスクリーンから物が飛び出てくるように見えるのがウリだ。ネットで評判を見てきたけど、凄い臨場感らしい。今から楽しみだ。


「それ、すっごく怖そうー」

 

 怖そうといいながら、かおちゃんはやっぱり楽しそうだ。

  

 相変わらず前を歩く三人を少し複雑な目で見ていると、ふと、


「ゆーちゃん。今更なんだけど、ちょっといいかな」


 かおちゃんが、そんな事を言ってきた。目がやけに真剣だ。


「うん。聞くよ」

「中学校の卒業式のあと。覚えてるよね?」

「うん。忘れないよ」


 ほろ苦い初恋が破れた一日だ。一生、忘れられそうに無い。


「私も、今でも覚えてる。卒業式の後、校舎裏に呼び出されて……」


 かおちゃんは、なんで今さら、そんな昔の、終わった事を口にするんだろう。


「告白、されたんだよね」

「うん。見事に振られちゃったけどね」


 我ながら恥ずかしい限りだ。当時の僕とかおちゃんは、傍目に見ても仲が良かったらしく、よく、マユたちからもからかわれていた程だ。


 そして、僕も、かおちゃんと二人でよく遊んだものだから、憎からず思ってくれているんじゃないかと思って、告白に踏み切ったのだが、結果はといえば、


「「ゆーちゃんの事は、大事な友達だから」か。懐かしいね」


 今でも覚えているけど、こうやって、穏やかな気持ちで思い出せるのが、吹っ切った証拠だろうか。


「ごめんなさい。あれは、ほんとの気持ちじゃなかったの!」


 深く頭を下げて謝罪をされる。


「え?」


 目の玉が飛び出るかと思う程、びっくりした。ほんとの気持ちじゃない?どういうこと?


「ほんとに身勝手な、私の気持ちなんだけど。あのとき、ゆーちゃんは東京に行くのが決まってたでしょ」

「うん。そうだね」


 だからこそ、せめて気持ちを伝えたいと告白に踏み切ったのだから。


「だから、ね。嬉しかったけど、怖かったの」

「怖かった?」

「告白を受けたら、恋人同士になれるけど、そうしたら、遠距離恋愛になっちゃう。それに耐えられるのかなって、不安でいっぱいで、それで、断っちゃったの」


 今更知った五年前の真実。そっか、あの時、僕は振られたわけじゃなかったのか。


「そっか。初恋が破れてなかったとはね」


 少し、可笑しな気持ちになる。


「今、どうなりたい、というわけじゃないの。ただ、謝っておきたかったから」


 今のかおちゃんの気持ちはわからないけど、その言葉に嘘はないように思えた。


「ありがと。じゃあ、かおちゃんも、あの時は好きでんだ」

「うん、そうだね。ゆーちゃんと居ると、いつも楽しかったから」

「一緒に勉強したり、読んだ小説を紹介しあったり。色々したよね」


 中学校の頃の思い出が蘇る。当時から、僕たち五人組はよく一緒に行動していたけど、とりわけ一緒だったのがかおちゃんだった。だからこそ、僕も、かおちゃんが憎からず思ってくれていると感じたのだけど、別に勘違いじゃなかったわけだ。


「ちょっと、あの頃の思い出が違う風に見えてきそうだよ」

「ほんとに、ごめんなさい」

「五年も前の事でしょ。今更だよ」


 もし、かおちゃんがあの頃、はい、と言ってくれていたら、今の僕たちの関係は違っていたのだろうけど、本当に今更だ。


「でも、私は、罪滅ぼしがしたい」


 振り向いた彼女は、僕の事をまっすぐ見据えていた。強い意思をたたえた瞳で。


「罪滅ぼし?別に、何かしたわけじゃ」


 告白を断った事をそこまで引きずっているのかと、言おうとした言葉は、


「ねえ、ゆーちゃん。まゆみんの事、好き、なんだよね?」


 そんなかおちゃんの射抜くような言葉に遮られたのだった。

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