十二話

 柚希と会えないまま、さらに一週間が経った。エミやクラスメイトたちと仲良く過ごすのは嫌ではないが、いつもとは違う刺激がほしいという思いは確かにあった。とはいえ、高篠みたいに冷たいセリフは勘弁だが。その日もまた何もなく学校生活を終えようとしていた。しかし放課後に担任に雑用を頼まれた。図書室の本の整理整頓をしてくれという内容だった。すずめは背が低めなので、なぜあたしがと嘆いたが、断れずに「わかりました」と答えた。

 陽ノ岡には、第一図書室と第二図書室があり、すずめが頼まれたのは第二の方だった。第二はほとんど人が入らず、おまけにとなりが理科室のため、生徒たちからは「お化けが出る」「あの部屋で、みんなが幽霊を見ている」「理科室のガイコツが動いて、なぜか図書室にいる」と噂し、近づかないようにしていた。ごくりとつばを飲み、すずめは第二に向かった。理科室の中を気にしないよう、小走りで図書室に飛び込む。ドアを閉め、ほっと息を吐いた。

「えっと。まずはこの本棚からやろう」

 誰かの声が聞こえてないと弱気になってしまう。独り言を漏らし、ばらばらになっている本を並べていく。やっと一つの棚が終わり、他の棚も片付けた。割と重い本が多く、汗をかきながら整理した。

「ふう……。これで最後だ」

 汗を拭い、力を振り絞って同じように作業する。窓の外は真っ暗で、途中で電気を点けた。

「あともう少し……」

 呟くと、後ろからドアが開く音がした。ぎくりとして全身が凍り付く。ま、まさかガイコツが入ってきたのでは……。確認したくても恐ろしくて振り向けない。

「や……やばい……。逃げられない……」

 掠れた声で呟くと、手を握られた。体から血の気が引いた。

「わあああっ」

 叫んで目をつぶったが、驚いたような言葉が耳に飛び込んだ。

「あれ? 日菜咲さん?」

 勢いよく顔を上げると、目の前にいたのはガイコツではなく柚希だった。

「えっ? ゆ、柚希……くん……?」

「いきなり手を掴まれたらびっくりするね。ごめんね」

「いやいや……。どうして柚希くんがここにいるの……?」

「先生に、生徒が残ってないかって見回り頼まれちゃって。日菜咲さんこそ、こんな場所で何してるの?」

「あ、あたしも先生に、第二図書室の整理、頼まれたの」

「そっか。もしお願いするなら、男子にするべきだよね。女子は帰りが遅くなっちゃうだろ? 危ないじゃないか」

 ふっと柔らかな笑顔に、どきどきと鼓動が速くなった。すぐそばで王子様が微笑んでいる。誰もいない、二人きりの図書室で。

「でも、よかった。見回りして。もし見回りしなかったら、日菜咲さんは一人で帰る羽目になったんだもんね」

「えっ? そ、それって」

「うん。お家まで送っていくよ」

「えええっ?」

 ぼんっと頬が赤くなった。王子様と帰り道を歩くなんて……。奇跡でも起きない限りありえない。

「い……いいの?」

「もちろん。というか、ここで送って行かないでさよならする男なんかいないよ」

 ふわふわと宙に浮かんでいるみたいだった。夢なのではないかと感じた。嫌だと思っていた頼まれごとに、こんなにおいしい展開が待っているとは。

「なら、よろしくお願いします」

「俺も日菜咲さんとおしゃべりしたいし。もし日菜咲さんの前に変な奴が現れたら、俺が護るよ」

「嬉しいっ。ありがとうっ」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねると、柚希もにっこりと笑っていた。

 二人で並んで歩き、楽しくおしゃべりをした。

「日菜咲さんって、お化け信じてるの?」

「信じてるっていうか……。やっぱり関わりたくないし」

「俺も小さい頃は、夜にトイレ一人で行けなかったなあ」

「そうなの? 可愛い~」

「男なのに、情けないだろ?」

「情けないなんて、全然思わないよ」

 はっきりと言うと、柚希は驚いた表情をした。そしてまた笑う。

「日菜咲さんは優しいね。ありがとう」

「柚希くんだって、すっごく優しいよ。気遣いができて思いやりに溢れてて、柚希くんみたいな男の子ってほとんどいないよ」

「へえ……。自分ではよくわからないや」

「女の子にモテモテなのは知ってるでしょ? それは、柚希くんが素敵で人間ができてるからだよ」

「ありがたいなあ。桃花ももかには、だめ人間って言われてるけど」

「桃花?」

 女の名前が出てきて、少し緊張した。すると柚希は即答した。

「俺の妹。中一で、わがままな性格なんだ。最近は思春期もあって、家族みんなが振り回されてるよ」

「あ、妹さん」

 安心して、こっそり息を吐いた。すでに恋人がいるのかと妄想してしまった。

「柚希くんって、妹がいるんだね」

「日菜咲さんは兄弟はいないの?」

「うん。一人っ子。でも、お父さんとお母さんが愛してくれるから、寂しいって思ったことはないけど」

「いいね。俺の両親も子供想いで素晴らしいよ。俺は男だからか、特に父さんが誇りで尊敬してて、大人になったら父さんの会社で働くんだ」

 有名会社の社長。きっと柚希ならなれるはずだ。

「すごい。もう夢ができてるなんて」

「世界中の人と関わるから、英語も話せるようにしておこうって、学校も陽ノ岡にしたんだ」

「ああ……。そういうこと……」

 柚希の思いが、ひしひしと伝わる。将来の夢に向かい頑張っている柚希の背中を、ぐっと押してあげたい。

「その夢、必ず叶うよ。あたし、応援する」

 拳を握り力強く言うと、柚希は頭をかいた。

「はは……。そうなるといいけどなあ。実は、この将来の夢って、家族以外に教えてないんだ。なれるわけないって馬鹿にされそうでさ」

「えっ? そうだったの?」

「日菜咲さんのおかげで、急にやる気が沸いてきたよ。励ましてくれてどうもありがとう」

 ぽっと頬が火照った。家族以外には教えてなかったのに、なぜすずめには打ち明けてくれたのか。ということは、すずめは特別扱いされているのでは……。

「ありがとうは、あたしの方だよ。いつもそうやってにっこりしてくれると、とっても癒されるの」

「癒される?」

「そう……。あ、もうすぐで家だよ」

「意外と近いんだね。変な奴に会わないで済んでよかった」

「ここまで来れば大丈夫。わざわざ送ってくれて、本当に助かったよ」

 ぺこりと頭を下げると、「いいんだよ」と柔らかい言葉が耳に入った。

「じゃあ。また明日」

「うん。学校で会おうね」

 手を振りながら、柚希は歩いて行った。





 部屋に入ると、クッションを抱き締めてベッドの上をごろごろと転げまわった。

「うわあああっ。柚希くんに特別扱いされたっ。やったあああっ」

 別に柚希から直接そう言われたわけではないが、妄想でもいいから信じていたい。

「柚希くんの夢、きっと叶うはず。柚希なら立派に社長になれるよ。あたし、ずっと応援しようっ。一生懸命、背中押そうっ」

 そしていつしか親友になって、恋人になって、さらに……。

「すずめ。何暴れてるの?」

 知世が部屋に入り、目を丸くした。起き上がって苦笑した。

「ごめん。うるさかった?」

「うるさくはないけど……。もうすぐご飯だからね」

 しかし、柚希とのひとときで腹は減っていない。

「あたし、今日はいいや」

「いい? 食べないの?」

「うん。お腹いっぱいなの。病気じゃないよ。気にしないで」

「……わかった。我慢じゃないよね?」

「我慢じゃないよ。平気だよ」

 病気ではないという言葉で安心したのか、知世は階段を下りて行った。クッションを抱き締め、こうやって柚希に抱かれたいと願った。




 

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