五話
高篠の人気は、瞬く間に広がった。英語が話せる、産まれや育ちがアメリカ、容姿がモデル並みで頭がよい。女子の憧れの的となった。確かに、となりに座っているすずめもイケメンだとは認めた。けれど性格は歪んでいるので、完璧なイケメンとはいえない。この性格はすずめにだけ見せてきた。他の女子には「さん」付けで呼び、割と礼儀もなっているが、すずめにだけは酷い対応だった。鳥女と言うし登下校はいちいち突っかかってきて、チビだの馬鹿だの嫌味を並べ立てる。なぜすずめだけというくらいだ。それなのに二人がじゃれ合っていると勘違いし、エミは「もっと仲良くなれるといいね」と応援してくる。その度に言い訳をしなくてはいけないので、それもまた疲れる。ため息を吐くと、横にいた高篠が声をかけてきた。
「鳥もため息吐くんだな」
「うるさい。それにあたしは鳥じゃない」
いい加減、このやりとりも飽きてきた。もう一度息を吐くと、高篠はイヤホンをはめて音楽を聴き始めた。
そういえば、この男は音楽が好きなんだ……。ふと思いつき、一体どんな音楽を聴いているのか気になった。アメリカで暮らしていたので洋楽か。それともクラシックだったりして。どきどきしながら、ちらりと高篠の横顔を盗み見る。イケメンは、横顔でも美しくなるのか。柚希も相当なイケメンだ。道を歩いていたら、必ず女の子は振り向くはず。ここは田舎なためすれ違うのはおばさんが多いので、注目されないのかもしれない。とはいえ、学校ではちやほやされて毎日プレゼントを渡されているし、モテる男子なのは間違いない。
高篠が人気になっても、柚希が衰えることはなかった。にこにこと優しく微笑み、思いやりに溢れ、高篠と同じくスタイル抜群。すずめも柚希への想いを忘れていないし、ほんの少しでも柚希にお近づきになりたい。
「あたし、高篠くんと真壁くん、どっちにしようかなあ」
「まじ悩むよね」
「あたしは、やっぱり柚希くん。あの笑顔を失うわけにはいかないもん」
女子の間では、どちらのファンクラブに入ろうか悩む子が増えていた。みんな高篠の性格を知らないため、すずめは「絶対に柚希を選んだ方がいい」とアドバイスしたかったが、余計なことかもしれないとやめておいた。
高篠がイヤホンを外したのに気付き、そっと囁いた。
「どんな曲聴いてるの?」
すずめに視線を向けて、高篠は間を空けてから答えた。
「そんなの知っても意味ないだろ」
「で、でも……。教えてくれたっていいじゃん」
おろおろしながらすずめも言うと、高篠はぼそっと呟いた。
「何? 何て言ったの?」
よくわからず聞き直したが、高篠は無視をして黙りこくってしまった。
休み時間になりトイレに駆け込むと、ドンッと壁を殴った。
「ちょっとはニコリとしなさいよっ。人を小馬鹿にするような態度とって。くうううっ。頭にくるっ」
他の生徒に何をしているのだろうと変な目で見られそうだが、それでも構わず壁にパンチを繰り返した。教室に戻ると、となりに高篠が座っている。担任に頼んで、違う男子に交換してほしかったが「二人は知り合い」と決めつけられてしまったので、きっと交換は無理だ。なぜ偶然出会っただけなのに知人扱いされてしまったのか。全然そんな関係ではないのに。というか、相性悪いのに……。
「おい、鳥女」
「はい?」
「間違っても、俺と知り合いだなんて誰かに話すなよ」
「えっ?」
じろりと目を向け、高篠は続ける。
「お前、口が軽そうだからな。となりの席の男子と仲がいいとかしゃべるなよ」
カチンときた。拳を作り、怒りの炎が溢れる。
「言うわけないし。こんな性悪男と仲いいなんて、絶対に言わないし」
「ふん、ならいいけど」
いちいち頭にくる奴だ、と改めてイラついた。どうしてこんな男がモテるのか悔しい。柚希みたいなイケメンだったら、幸せでいっぱいだったのに。
放課後にエミを誘って寄り道しようと思ったが、「用事があるから先に帰るね」と走って行ってしまった。残念だったがこれは仕方ない。一人で歩いていると、後ろから声をかけられた。
「寂しそうだな」
「うるさいなあ。話しかけないでよ」
「相沢さん以外に友人はいねえのかよ」
くるりと振り向いた。どうしても理解できなかった。
「ねえ、どうして他の子は、さん付けで呼ぶのに、あたしは鳥女なの?」
「お前は鳥女で充分なんだよ。鳥をさん付けで呼ぶ奴なんかいないだろ」
「あたしは鳥じゃなくて人間だってば」
べーっと舌を出して言い返すと、長い腕が伸びてきてすずめの頬に触れた。そしてつねられる。
「いたたっ。痛い痛い。や、やめてよ」
「鳥のくせに、口答えすんな」
ぱっと手が放れ、すずめは赤くなった頬をさすった。痛みで涙が瞼に溢れる。
「女の子にこんなことするなんて」
「お前はいいんだよ、お前は。鳥女だから」
「わけわかんない。あたしばっかり……」
がっくりと項垂れると、高篠は歩き始めた。謝る気すらないらしい。
ち……ちくしょう……。心の中には怒鳴りたい言葉が山ほどあるのに、反撃されるのが怖くて黙ることしかできない。まだ頬は熱い。女子のすずめに本気でつねったようだ。俯いたままとぼとぼと歩き家に帰った。
向こうが鳥女と呼ぶなら、こっちだって酷いあだ名で呼んだっていいはずだ。鉄面皮野郎という名前を作り、翌朝さっそく高篠にぶつけた。
「よっ。鉄面皮野郎」
すぐに反応して、高篠は振り返った。
「今、何て言った?」
「鉄面皮野郎よ。あんたがあたしを鳥女と呼ぶなら、あたしだって」
言い終わらないうちに、また頬をつねられた。昨日よりも力が強かった。
「い……痛いっ」
「鉄面皮野郎だって? 本気で言ってるのか?」
「だって、く……悔しいから……」
かろうじて答えると手を放した。じろりと見つめられる。
「悔しいなら、もっといろいろな場面で見返してみろよ」
「いろいろ?」
「勉強とか運動とか、たくさんあるだろ」
しかし、すずめは勉強も運動も高篠に劣っている。同じレベルに辿り着くことさえ無理だ。見返すなんて不可能なのだ。
「あたしが、あんたより上に行くわけないじゃん」
「まあそうだな。鳥は馬鹿だし、飛ぶしか能がねえし」
ぐっと唇を噛んで俯いた。性格が悪すぎて、血も涙もない奴。心が歪んでいる。柚希なら絶対にこんなことは話さない。
「……柚希くんの爪の垢を煎じて飲ませたいわ……」
「は? 誰?」
「何でもない。あんたには関係ない」
こいつに柚希を教えたくなかった。柚希まで影響して性悪になったら大変だ。
学校生活は問題なかったが、英語の授業の終わりに教師が恐ろしいキーワードを口にした。
「来週はテストがあるぞ。しっかりテスト勉強しておけよー」
「ええっ? まじ?」
「やだあ。やめてよ」
クラスメイトが文句を言う。しかし教師は無視し「わかったな」と言い残して教室から出て行った。がーんとタライが落ちてきたような気分で、すずめは俯いた。この学校の英語は難しく、すずめは普通の生徒の倍以上テスト対策をしておかないといけない。最高でも五十点までなので、とても危うい。
「や……やばい……」
冷や汗をたらしていると、高篠が立ち上がった。はっとしてすずめも見上げた。
「そういえば……」
高篠は産まれも育ちもアメリカだ。ということは英語に強い。難しいテストでも満点をとるだろう。高篠が廊下に出て行って、すずめも慌てて追いかけた。
「高篠くんっ。待ってっ」
大声で呼び止めると、高篠は立ち止まった。愛想笑いで彼の元に近寄る。
「あのさ、朝の鉄面皮野郎っていうのは謝るよ。ごめん。これで仲直りってことで。それで、さっき先生が英語のテストがあるって話してたじゃない。あたし、めちゃくちゃ英語苦手なんだ。高篠くんはアメリカに住んでたから、めっちゃ得意でしょ」
「……だから? 俺にテスト勉強付き合ってほしいって?」
ぴんと頭に光の筋が走る。うんうんと大きく頷いた。
「そう。そうなの。お願いだよー」
「嫌に決まってるだろ」
全身が石のように固まった。そして亀裂が入ったような音がする。
「い、嫌?」
「鳥にいくら英語教えたって無駄だろ。友人でもない奴に勉強付き合ってやるほどお人好しじゃないんで」
「でも、仲直りしたじゃん。これからは鉄面皮野郎って呼ばないよ」
「俺だって暇じゃねえんだ。相沢さんに頼めば?」
冷たい口調に、さらにタライが落っこちた。目の前が白くなっていく。
「高篠くん……」
「じゃ、これで用はねえな」
勝手に話を終わらせ、すたすたと立ち去った。後に残されたすずめは、また拳を作った。
「まじ……。性格悪すぎ」
いくらスタイルがよくて勉強ができても、性格が歪んでいてはイケメンとはいえない。絶対に許さないと、すずめは静かに怒りに燃えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます