四話

 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。高篠はまた外を眺めている。すずめも黒板だけ見つめ、話しかけたりはしなかった。学校生活が全て終了し、帰りの支度をした。となりでは性悪男がイヤホンをはめて音楽を聴いている。

「高篠くんって、音楽が好きなの……」

 心の声が本当の声になったが、この男には聞こえてはいないだろう。

 エミと一緒に校門を出たが、未だに「鳥女」は消えていなかった。

「どうかしたの?」

 エミに覗き込むように言われ、俯いていた顔を上げた。

「ううん。何でもない」

「そう? じゃあ、また明日ね」

「うん。明日……」

 エミとは家が正反対なので、すぐに別れてしまう。手を振って、エミの姿が消えるまで立ち尽くしていた。

「あーあ。いいなあ、エミは。可愛くって……」

 羨ましくて、ため息が出る。大人っぽくて頭がいいエミみたいになれたらと願ってばかりだ。

「鳥だから仕方ねえよ」

 すぐ後ろから声をかけられた。振り向くと性悪男が立っていた。

「な、何であんたがここにいるのよ。つけてきたの?」

「違えよ。家がこっちなんだよ」

「ええ? よりによって、あんたと帰り道が一緒って」

 うんざりとして、じろりと高篠の顔を見上げた。ということは、毎日こいつと共に帰らなくてはならないのか。

「すっごく嫌そうな感じだけど、俺もお前みたいな鳥女と歩きたくねえよ」

「鳥女って言うなっ」

 ムカムカしてしょうがない。お気に入りの名前を侮辱されたのだから、イラついて当然だ。ずっと大切にしていた両親からの宝物。鳥なのは間違っていないが、鳥女は酷すぎる。

「あんたの名前は何て言うのよ」

 ふん、と高篠は腕を組んで答えた。

「どうしてお前に教えなきゃいけないんだよ。それより早く帰るぞ」

 長い足ですたすたと進む。慌てて、すずめも後ろからついていった。

「高篠……」

 家に帰り部屋に入る。めらめらと怒りが湧いてきた。

「ムカつく。本当にムカつく。鳥女って何よ。確かに鳥だけど、あんなことよく言えるわ……」

 ベッドの上に置いてある、すずめの絵がプリントされてあるクッションを殴る。実際はあの男を殴りたいが、返り討ちに遭いそうでクッションに八つ当たりした。

「すずめ? どうしたの?」

 階段の下から知世が聞いてきた。すぐに「気にしないで」と苦笑しながら言った。




 帰りが一緒なら、行きも一緒だ。翌朝、学校に向かって歩いていると後ろから頭をごつかれた。

「歩くの遅えなあ。鳥女」

「うるっさいなあ。鳥女って呼ぶなっ」

「まあ、鳥は足短いし、しょうがねえな」

「だーかーらー」

「あれ? すずめ、おはよう」

 エミの声がし、はっとした。

「エ、エミ」

「ずいぶんと楽しそうじゃん。先に行ってるね」

「ま、待って」

 呼び止めたが、エミは走り去ってしまった。あああ……と嘆いていると、高篠は質問してきた。

「誰だ?」

「相沢エミ。あたしの親友」

「ふうん。相沢さんか」

 衝撃が走った。高篠の整った顔を指差した。

「相沢さん? 今、相沢さんって言ったよね?」

「言ったけど」

「じゃあ、あたしも日菜咲さんって呼びなさいよっ」

 さん付けで呼べるなら、日菜咲さんとも呼べるはずだ。しかし高篠は首を横に振った。

「いや、お前は鳥女だ」

「どうして鳥女なのよ? どうしてあたしは馬鹿にするの?」

 憎しみの目で睨むと、高篠は視線を逸らした。

「鳥は馬鹿だからだよ。お前も馬鹿そうだもんな。英語とか数学とか体育とか、一切できないだろ」

「なっ……。どうして知ってるの?」

 こいつはエスパーなのか。たった一日で、すずめの全てを見透かしたみたいだ。

「さっさと行くぞ、鳥女」

「うるさいっ」

 もう一度睨み、高篠の後について行った。

 教室に入ると、女子が高篠の席に集まってきた。

「あの、これ……。よかったら」

 そしてプレゼントを渡してきた。転入二日目にして、さっそくプレゼントをもらうとは……。

「あたし、中原なかはらっていいます。よければ仲良くしてくださいね」

「中原さん」

 きゃあああっと中原は頬を赤くし、逃げるように消えてしまった。わけがわからない表情をしている彼に、そっと囁く。

「あんたに名前呼ばれて嬉しかったんだよ」

「呼ばれて?」

「好きな人や憧れてる人にそういうことされると、嬉しくなるでしょ」

「ふうん。女って単純にできてるんだな」

「単純というか……。とにかく、ちょっとしたことでも感動するのよ」

「ちょっとしたことねえ」

 言いながら、もらったプレゼントを鞄にしまいこんだ。

 その後も、何人もの女子がやって来て、プレゼントを渡してきた。他のクラスの子もいた。そして名前を呼ぶと、喜んで戻っていく。昼休みには鞄に詰められないほどだった。

「あんたって、かなりモテるのね」

 すずめが言うと、けろりとしたように高篠は答えた。

「アメリカにいた時は、もっと多かった」

「嘘? もっとプレゼントもらってたの?」

「いらないって断っても、食べてくれってしつこくって」

 抑揚のない声だったが、明らかに自慢している。悔しくなって、ぐっと拳を固めた。

「それはそれは……。さぞかし、いい気分でしたでしょうね」

「いい気分なわけあるか。いらないもんもらって部屋中ゴミだらけになるんだぞ。ほとんど捨ててたし」

 なにっとカチンときた。女の子たちが頑張って作ったお菓子を捨てるなんて、あまりにも酷すぎる。

「捨てたって……。女の子が可哀想じゃない。みんな、あんたのためを想って渡してるのよ? それなのに」

「迷惑なんだよ。もらうこっちの身にもなってほしいね」

 偉そうで、まるで自分は王様のような態度にいら立ちがむくむくと沸いた。怒鳴りつけてやりたいが、逆に怒鳴り返されそうで黙るしかなかった。

 学校生活は問題なく過ぎ、昼休みになった。エミがやって来て嬉しそうに囁く。

「よかったねえ。イケメンくんと仲良くなれて」

「仲良くないよ。勘違いしないで」

「けど、一緒に登校してたじゃん」

「あれは、たまたま会ったってだけで」

「席もとなりだし、英語教えてもらえば? 代わりにすずめが日本語教えてさ。世の中は持ちつ持たれつでしょ」

「勉強教えるわけないじゃない。あんな奴」

 すずめの口調が重かったからか、エミは驚いていた。

「あんな奴?」

 うっ……と、喉の手前までせりあがっていた言葉を飲み込んだ。鳥女と呼ばれたとか、女の子たちからのプレゼントを捨てたとか、エミにバラしてやりたかったがなぜか隠してしまった。

「ま、まだ転入して二日だし、それほど親しくはないから」

 誤魔化すと、「そういうことか」とエミは頷いた。

「そうね。友だちにならないと、それはできないかもね。まずは友人を目指そう。頑張りなさいよ」

 ぽんぽんと肩を叩き、エミは戻って行った。

「あんな奴と友だちになんかなりたくない……」

 独り言を漏らし、やはり全て打ち明ければよかったと後悔した。

 放課後エミと別れると、待っていたかのように高篠が現れた。

「さっさと帰りなさいよ」

「せっかくならストレス解消しながら帰りてえから」

「あたしでストレス解消?」

「そうだ。馬鹿な鳥女が近くにいて助かる」

「ひ……人を使ってストレス解消するなっ」

 叩こうと手を伸ばしたが、高篠の方が素早かった。ひらりとかわされ、すずめはその場にこけてしまった。

「本当、いちいちムカつく。この性悪男めっ」

 立ち上がり睨むと、高篠は腕を組んで睨み返した。

「お前がどう呼んでも構わないけど。あんまり好き勝手してたら痛い目見るぞ」

「痛い目? どういう意味よ。詳しく話してみなさいよ」

 ふふんとすずめも答える。だが高篠は黙って歩き出した。この女の相手などする暇はないという感じだ。

「こらっ。無視するなあっ」

 慌てて、すずめも高篠の後を追いかけて走った。

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