第3話『二年前』

 ────それから五年の月日が経った。


 僕も十歳になればもうハズレ能力との向き合い方もある程度落ち着いた。


『ナァナァ、今日アレ、クレネェノカ??』


『パン!! パンクズ!! メシ!!』


「あー、はいはい。持ってきてるよ。その代わり、畑荒らしたり墓荒らしたり、人襲ったりするんじゃないぞー。僕との約束なー」


『オウ!! ワカッタ!!』


『今日ハ……ソンナオイシクネェナー』


 カラスにパンクズを与えながら、ここ最近の事を振り返った。


 一先ず僕の能力でカラスと意志疎通が出来ると彼らの害を押さえる事が出来る。まあ出来てもそんなに効果はないかもしれないけど、そもそもハズレという扱いだ。


 僕は村で殆ど孤立していたし、会話相手に困らないこの能力はなんだかんだありがたかった。結構仲良くなったし、鳥とコミュニケーション取れるってことは色々良いことがあると思う。


 それでも有用な使い方は今やってるようなことしか僕には思い付かなかったけど。


『……今日モ行クノカ?』


「ん、まあね。村に居てもアイツらに絡まれるだけだし、文字、読み書き出来て損することはないし」


『我ハ、アノ書庫ニ近寄リ難イモノヲ感ジテイルガ、興味ガアル。連レテ行ッテクレヌカ』


 カラスの群れでも一際体の大きなカラスがそう伝えてきた。カラス達の話を聞くにあの辺りは本能的に避けたくなるらしく、興味はあるが自分の意思では近づけないとか。


 カラス達のなかでもこのカラスと会話するときが一番言葉が分かりやすい。だから多分、このカラスが一番頭良いんじゃないかって思うんだけど。


「この間は三歩目で『モウムリ』って言ってなかった?」


『グヌゥ……今度コソハ!!』


 そう言って肩に乗ったカラスはぶるぶる震えていた。


 ……一番頭が良くてもこの様子だ。悪魔書庫がそんなに怖いのか。


「無理なら、いつ帰っても良いからね」


『ナメルナ、我ハ帰ラヌ!!!』


 今日は十歩だった。





 ────悪魔書庫だといっても蔵書はいたって普通な童話、絵物語が殆どだ。


 確かに中には歴史書や算術について書かれた書物はある。摩訶不思議なトランプカードについて調べられた書物も、探したらいくつかあるだろう。


 五年前はそれが山のように、それこそ限りなく多くあるように見えていたが今ではそう思えない。書庫のうちを走れば一周するのに三十分はかからない。


 それは少しだけ悲しいように思えた。


「クロウ。ボクはね、いつかここから出たいと思っているんだ。もっと世界には僕の知らない本が沢山あるだろう。ここにあるのはせいぜい二万にも満たないだけの本しかないからね」


 窓の外を見てマギアは独り言のように漏らした。


 クロウ、というのは僕の名前だ。五年の間、この書庫に通いつめて、名前以外にも色々知れるくらいには僕とマギアはかなり仲良くなっていたはずだ。


 ────でも僕はマギアがどうしてこんな所にずっと居るのかを知らない。あれから五年経ったというのに、まだ。


 日頃、昼間だけしかここには来れない。だから僕がここにいないときのマギアが何をしているか、どういう生活をしているのかは全く知らない。


 でも、それでよかった。余計な詮索をして、ぶち壊すくらいなら、このままがいいって。この頃の僕はそう思っていた。


 それに、文字の読み書きや計算なども教えてもらっていた。それで精一杯だったのはあるだろう。


 今も、因数分解? というのを教わってるところだ。マギアは凄く厳しいけど、僕が勉強出来るようになる度に喜んでくれる。


 だから必死に勉強した。本は持ち出せないから、ちょっと大変だったけど。


 そんな、普段から『勉強中に私語はダメだぞ?』って言ってるマギアが突然僕に語りかけるような言葉を吐いたのだから、まさかと思って反応が遅れてしまうのは仕方ない事だろう。


「……出ていけば良いんじゃないか。そのときもしも僕の助けが要るならなんでもするよ?」


 ペンを走らせながら僕はそう返した。


 本当は出ていかないでほしいけれど、マギアはなんでも知っている凄い人だから。それこそこんな辺境の村の外れの書庫に押し込められてて良いわけがない。常々僕はそう思っていた。


「ふふ、そのわりには淋しそうじゃないか。安心しなよ、ボクはそんな薄情じゃないからさ、その時が来たらキミも一緒に来るかどうかくらい確認はするさ」


「そっ、か」


 僕は、それを聞いて安心した。


 そして、マギアは読んでいた分厚い本をパタンと閉じると立ち上がった。


「よし、クロウ。勉強は終わりだ、勉強ばっかりだと体が鈍ってしまうからね」


「えっ、普段から『勉強しないとこの世の中やっていくことは難しい』って教書の山を押し付けてくるマギアがそんな事言うなんて」


「キミももう十歳だろう? もうじき、護身術の一つでもと思ってね。キミのカードはほら、どうも効果の永続性からして、今後増えるだろうカードの能力頼るべきではないからね」


 マギアの言うとおりだ。


 ────能力を宿したカードは一度使うと暫く使えなくなる。


 もう一度使うにはか、使で再装填状態になるか。この二つである。


 深夜零時を越えると即時使用可能になる。だが、全部使った後には再度使用可能になるまでに生じるというものがあるが、これは人それぞれである。


 そして僕のカードは、『持っているだけでカラスと意志疎通が可能になる』というハートのAのカードだ。効果は永続である。


 ということは、今後カードを新たに手に入れても一度使ってしまえば一日中使用が制限されるのである。


 まあ、二枚目のカードを手に入れる必要が今の僕にはないし、そんな機会はこの村にいる限り来ないだろう。


 危険なことは、したくないし。


「護身術……?」


 だが、僕は興味があった。マギアが教えてくれる話には全部興味があった。


 マギアは、僕の反応に「お、食いついたねぇ」とニコニコしながら本棚から取り出した一冊を開く。


 そこには、と、そう書いてあった。


「この非常に胡散臭……興味深い流派? なんだろうねこれ」


「マギアさん自分で言いだしてそりゃないよ……」


「いやいや、見てみてよクロウくん? この縮地とかいう技を。瞬間移動だって瞬間移動。興味をそそらないかい?」


「瞬間移動……!」


「まあここにあることだけじゃボクには理屈が分からないんだけどね」


「マギアぁ?」


「そ、そんな目で見ることないじゃないか、そろそろ何か自衛の手段を覚えた方がいいのは確かだろうさ。世の中危険なことは多いからね。強くて損はしないよ」


「そうだね、トランプモンスターとか出たらギルドの戦士が来るまで耐えたりとかしなきゃだから……」


 ────トランプモンスター、というのはトランプカードを授かった獣が凶暴化したやつだ。出現は珍しいことではなく、強いものは国一つ滅ぼしたものも確認されている。


 詰まるところ危険な生物であるが、倒すとカードを落とす。これが二枚目以降の入手手段である。


「キミは脆弱な所を早く何とかしないと早死にしそうだからね。お姉さんは心配なんだよね」


「……僕だって死にたくないからね。じゃあ明日から鍛えようかな」


「今日からやろう」


「え」


「今日からキミには勉強しながら強くなってもらう。いいかねクロウくん? 返事は?」


「う、うん?」


「よし。お姉さん……いや、先生がいいかな。先生、本気で厳しくいくからよろしくね?」


「よ、よろしくお願いしますマギア先生!」


「じゃあとりあえず、書庫の掃除からだ。基礎体力はつくだろうから、いいよね」


「……えっ」


「書庫の掃除さ。ゴミや埃が溜まってるからそれを片付けて、散らかった本を整理!! 出来るかなぁ、クロウ。キミには出来るかな?」


「ねぇ。マギア。違うよね、それ。ねぇ。鍛えるのと違うよね? ねぇ。めんどくさいと思ってるだけじゃないのそれ!!? ねぇぇ!!?」


「いやあ重労働だ。修行にもってこい。そうは思わないかな、クロウくん?」


 演技ぶったマギアはそう言った。僕よりも四つ年上だというのに彼女はそもそも片付けができないタイプなのだ。だからそれは僕へと片付けを押し付ける口実だと思った。


「あのねぇ」


「……お願いします、手伝うから」


 無理があると思ったのだろう。マギアは両手を合わせて深く頭を下げてきた。


「じゃあ、やる。やるよ」


 もとより断るつもりなんて、あまりなかった。僕にはこの場所くらいしか居場所が無かったからマギアさんに本気で嫌われそうなことなんてしたくはない。


 それに。


 僕の背丈くらいに雑に床に積まれた本の山が散見され、奥の本棚は埃まみれで立ち並ぶ書庫。それの掃除は大変だろうが、そのくらい別に苦じゃない。


 そう思うくらいには、僕はこの書庫を気に入ってるみたいだったし。


「……ありがとね」


「僕の修行のため、でしょ? 掃除終わったら本格的にお願いね、マギア先生?」


「もっちろんだよ、クロウくん!!」

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