第4話『来訪』

「────受け入れなんて────七年前も────」

「────さもなくば村に────また────」

「────それは止めてくれ────」


 ……あれからまた二年ほど経った冬のある日である。


『村長の家の近くで見覚えのない赤い服の集団を見掛けた』、そうカラス達がしきりに騒ぐので気になって僕も村長の家の方に向かった。


 因みにあれから二年も経って僕の能力が成長したのか、一部のカラスだけは何故か凄い聞き取りやすい喋り方をするようになった。


「……本当にいた。なんだアレ」


 なんか、赤と白を基調とした神父みたいな格好の集団が村長の家の外に何人か居た。村長は玄関でその赤服の一人と会話しているようだ。


 遠目からだからよく分からないが言い争っているようにも見えた。


「────あれは『』だって。そう名乗ってたわ。知らない集団、あんたは?」


「っっうわぁ!!!? なんだアルカか……」


 村長の娘、アルカ。齢十五になった彼女は出るところが出ている上にスタイルのいい美人に成長していた。いつまで経っても貧相な体つきのマギアとは違って。


 アルカは女子女子した格好(スカートとか)を嫌ってよくズボンを履いている。今も例に漏れず長いズボンに長袖のシャツで、これは何故か分からないが鉈を担いでいた。


「驚きすぎ」


 アルカは憮然とした態度でそう言った。いやいきなり背後に鉈持ったやつが立ってたらビビるよね?


「で、いつ気付いたの?」


 アルカが聞いたのはあの赤服の集団についてだろう。僕は正直に答えた。


「今朝、カラス達が騒いでて。ホント怪しい集団だなぁ。なんなんだろうね、アレ」


「ちょっと、どこ行こうってのよ」


 僕はこの場を立ち去ろうとしていた。何故って、そこまで興味がなくなっていたからだ。


道化師達クラウンズ』って言うんだ。名前的になんか、サーカス団とかそう言うやつだろう。


 それよりもアルカだ。彼女は背丈が僕より頭一つ分もデカい。そんなやつが鉈持って横に立ってるのが滅茶苦茶にこわい。


「待ちなさいよ。不気味じゃない?」


「かもね。じゃあな。僕は家に帰らせてもらう」


 僕は踵を返し、アルカから逃げるように歩き出し、


「……悪魔書庫に行く気? あ、もしかして調べてくれるつもりになった? なら私もついてっていいかな?」


 そう言われて足を止めた。


「あそこは、カラスも近付く気が起きないって」


「でもクロウは毎日通ってるでしょ、アレ。私にバレてないと思った?」


 ……どこでバレた? 僕はあそこに向かうとき細心の注意を払ってるのだが。カラスに見張らせて。


「あ、脅そうって訳じゃないの。逆、探ってほしいの。で、それを私も手伝ってあげようって訳、道も知らないしね、私じゃ」


「勝手に行けばいい」


「ええーっ、大人に悪魔書庫に立ち入ったってバレたら折檻だよ!? 大丈夫、私も一緒に怒られてあげ……あ、そっか。クロウの両親七年前に──」


「アルカ」


 ────怒る親が居ないもんね、と言おうとしたのだろうか。アルカ、悪気は無いのは知っているがムカつくからそれ言うの止めてくれ。


 両親は揃って七年前に病死した、と聞いている。療養のために僕を置いて大きな街まで行っていたとかで、僕は死に目に会えていないが。


「あー、ごめん、古傷抉りたいんじゃないの。クロウがあそこに通ってることは私以外に知ってる人はいない……と思うよ?」


 自信なさげにアルカは言った。そのまま早口に続ける。


「あの辺り、お墓通るし、墓によく行くのって墓守のじいちゃんとカラス掃除してるクロウだけじゃん。で、そういう噂、村長の娘が聞いたことないから、多分流れてないよ」


「あっそ」


「で、クロウ。協力してくれる?」


「何を調べたいんだ?」


「そりゃ、あの赤服のやつらよ。なーんか、話してる内容が物騒なんだよね」


「道化師のマジックに人体真っ二つにするやつがある。そういうんじゃないか」


「うわ、クロウ物知りだねぇ。でもそういうんじゃないんだ。近寄るとパパが怒って追い返してくるし、それに……」


 アルカは、何故か周囲をチラチラと確認して誰も聞いてないのを確認した。それから耳元に口を寄せて……。


「────ふーっ」


「っわぁぁぁぁぁぁぁ!!!? アルカお前お前何しやがる!!?」


「あはははははははっ!!」


 さ、最悪だこの女人が変な反応するのを見て嘲笑ってやがる!!!


「……クロ助に言って鳥の糞頭の上に直撃させてやろうか」


「ごめんごめん冗談だって!! ね!!? 謝るからカラスの爆撃とか止めてね!!?」


 クロ助は、ここいらで一番頭のいいカラスだ。最近ようやく悪魔書庫に立ち入ることができたカラスである。


 因みにトランプを所有しているけれど、クロ助は凶暴化することはなかった。仲良くなったからかな?


「……冗談だよ。本題に移ってよ、アルカ」


「────クロウはさ、って知ってるよね?」


「……えっと、あれだよね。僕たちの持ってるトランプの中でも特別な、の事だよね。稀に、そんなカードを授かる人がいて、それはだって墓守のじいちゃんが言ってた」


「そう。なんていう曰く付きのカード。実はさ、七年前にもあの赤服の人達を私、見掛けた気がするんだ……七年前だから、その、よく覚えてないけどね」


「それがどう関係するのさ……って、待って。道化師ピエロのカードと道化師達クラウンズ?」


 僕はその符号に、引っ掛かりを覚えた。アルカは僕が気付くよりも早くその事に気がついていたらしい。


「どう関係あるのかは、流石に分からないし、危ない集団なら近寄らないようにしなきゃでしょ? 調べるならうちの書庫か……それこそ誰も近寄らないけど悪魔書庫になら何かあるんじゃないかなって思って……」


 アルカは、どこか不安そうにそう言った。


 うちの村はかなり閉鎖的で外からの来訪者なんて滅多に来ない。そりゃ赤服なんて奇抜な格好のやつが突然来たらビックリするし不安にもなるだろう。


 それは、僕も同じで。クラウンズという集団には、言い表しにくい不吉なものを感じていた。


「そういう訳なら、仕方ない。案内くらいはしてやる」


「ふふ、何それ。何で上から目線?」


「悪魔書庫の道筋なんて、五歳児でも分かるのに僕を連れてこうってことは怖いんでしょ? 僕についてきてほしいってことでしょ?」


「ははっ────何だとクロウ私一人でも行けるわよ全く、舐めないでよね!!」


 アルカは怒って走り出してしまった。挑発するような事を言った僕が悪いのだが、まあ、不安そうにしてるよりかは全然良いと思ったし。


「それで、クロ助。あの赤服の奴らから何か聞けた?」


『これは何かを聞き間違いしただけかもしれないが……明日、この村はトランプモンスターの集団に襲われる、と』


「は? どういう事?」


 走り去ったアルカの背中を追い掛けながらクロ助の話を聞いていた僕は、その話の不穏さについ足を止めた。


『同胞に可能な限り森の探索を頼んだ上で、モンスターなど居ないという報せを聞いている。だから我はその話を信用してはおらぬのだがな』


「待って。勝手に完結しないで。僕が聞きたいのは何を聞いてきたかだよ。だいたいいきなりそんなことを言われてもよくわかんないし……」


『そ、そうであるな、どうも村長と奴らの対話は尋常じゃない様子であったように思えてな。証拠はないがもしや、と。焦っていたようだ』


 肩の上に乗ったクロ助がぶるぶると首を振る。何を聞いてきたのか、なかなかな気の乱し様に僕も不安になりそうだった。


『あの赤服の奴はどうやらジョーカーを保護する集団らしい。この村に居るジョーカー保有者を保護する事とそのトランプモンスターの駆除の取引をしているのは聞き取ることができた』


「トランプモンスターを駆除出来るってことは結構強いってことだよね」


『だろうな。奴らの荷物に鎧や盾、武器を我らは確認している。そして何より、強い生き物特有の気配も感じた』


「強い生き物特有の気配って何?」


『言い表しにくいが……その手の気配を放つ生き物に相対すると、立ち向かったら危ないと本能が訴え掛けてくるのだ。ニンゲンはそういうのはないか?』


 どうだろう。あるのかもしれないし、無いのかもしれない。僕は村の外には出たことがないから、そういう経験はないんだよね。


「兎に角クラウンズの目的は、ジョーカーの保護? ……この村にはジョーカーを持ってる人なんて居ないって聞いてるけど」


『…………あぁ、そうであるな。ジョーカーを持っているニンゲンはこの村には、居ない』


 何? 今の間は。


『引き上げるようだな』


「……ホントだ」


 赤服の集団が村長の家からぞろぞろと出ていっている。その後ろ姿に向かって村長が深々と頭を下げている。


「って、それよりもアルカだ」


『墓の方か?』


「そう、結構立ち止まっちゃってたから追い付いたとき怒られそう」


 僕は、その様子を見届けずにアルカが走っていった方向へと走る。アルカは、多分僕がちゃんとついてくるって思ってる可能性が高い。そして、そう思ってたらめっちゃ怒られる。


 それはやだな。アルカ怒るとめんどくさいし。


『我は先に行くぞ』


「うん! アルカによろしくって伝えといて」


『我の言葉は通じないであろうが、承知した!』


 ◆


「────知らないっ、そんなものは知らないと言っておろう!!? 」


「いやいやぁ。知っていなきゃおかしい。もう一度問おう。墓の先に?」


 僕は、悲鳴のような叫び声を聞いて墓場の物陰に隠れた。多分、墓守のじいちゃんの声だろう。


 もう一人は……誰だ?


 男の低い声だった。聞き覚えは、全くない。ないのだが、どうしてかその声の主には見つかってはダメな気がした。


 だから、その感覚にしたがって僕は息を潜めて隠れることにした。というか、アルカは何処だ? クロ助は?


「…………帰れ。ここには貴様らの望むようなものは何もないぞ。なにせ、辺鄙な村じゃ」


 墓守のじいちゃんの声は震えていた。


「へぇ、あくまでもしらを切るつもりか、墓守風情が」


「…………っ、な、何をするつもりじゃ!!」


 何が起きようとしているのか。


 僕からは見えないけれど、どうしてもこれからが起こる、と。そう予感させるような怯えた墓守のじいちゃんの声が聞こえて。


「喋らないなら喋りたくなるように、なぁ?」


 ────カァーッ!!


 カラスの鳴き声が聞こえて。


『アルカは無事。書庫と逆方向に逃げろ』


 ゴッ、と何かが固いもので殴られたかのような音が聞こえて。


 ギッ、という聞いたことのないような声が聞こえて。


「お前、クロ助……何故割り込んで……」


 何が起きたのか、僕には分からなくて。


 何が起きたのか理解したくなくて、見たくなくて。


 だから動けなかった。


 だけど、そんな僕と関係なく時間は進んでしまうのだ。


「……貴様!!! どこへ行くつもりじゃ!!」


「チッ、何故カラスが……墓守を守ろうとして、か。つまらん、興が冷めた。帰らせて貰う」


「待、」


「墓守、命拾いしたな? その鳥風情に感謝することだ」


 そう言って、男の足音が遠ざかっていく。


 そして僕は────。


「クロウ、無事?」


「ぇ、あ……アルカ……?」


 ────アルカに声を掛けられるまで、その場で呆然と立ち尽くしていた。

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