第2話『七年前』
────五歳になると、人はカードをどこからともなく一枚だけ手に入れる。
大人は『神に授かったのだ』と言う。紙だけに。
僕の住む村の風習、という訳じゃない。この国、世界でどこを歩いてもそう言う話なのだ。
さてさて。そのカードはどうやらA、2~10、J、Q、Kの内の何かしらの番号が振られていて、ハートマークやらダイヤのマークやらの記号も付いているというのだ。
俗に言うトランプである。だが、ただのトランプじゃない。
その一枚一枚に能力が宿る、『魔法のトランプ』なのである。
そして、その能力は誰も説明してくれない。使ってみるまで本人にも分からないブラックボックスである────。
◆
「おい、ハズレ!!」
村の外れ、人気の薄い森の入り口。僕に向かってそう言ったのは、村のガキ大将気取りの男の子だった。年は五つほど上で、大小五人ほどの取り巻きを連れて、僕の行く先を封じるように立っていた。
彼は己のトランプカードを一枚、僕の目の前に見せ付けるように押し付ける。
クローバーの3の文字が、ぼやけるほどに近く。
「燃やされたくないよな? 言うこと聞けよ」
────ゲラゲラと笑うガキ大将の取り巻き。怯える僕。
今僕は彼から紙切れ一枚押し付けているだけにしか見えないだろうが、そうじゃない。
実際のところ、凶器を目の前に突きつけられているのだ。彼の授かったカードは『拳大の燃えてる玉を一直線に一回飛ばす』という内容らしい。
彼がその気になれば僕は炎に真っ正面からぶん殴られるのだ。単なる脅しじゃない。その事は簡単に分かるくらい、彼の素行は悪かった。
「村長の家から金盗ってこいよ。ナァ?」
後ろの取り巻きは、彼の暴力に屈した奴等だ。と言えば容易に想像がつくだろうか。
だが、彼らには火傷の跡が無い。それは、治療に当たって凄く有用なカードを持っている人間が偶々この村にいるってだけだ。
跡が残らないってことは、取り返しが付くってことだ。そう親たちが認識してるってことが、その容認する態度が、この横暴さに拍車をかける事になっているのだろう。
「あ、なんだその目。行かねぇのか? じゃあ、やろうってのかよ? 良いぜお前のカード使って抵抗してくれちゃってもよぉ」
クツクツと、堪えきれない笑い声が聞こえる。それから僕が無言でいると、暫くして取り巻きの一人が、爆笑しながら言った。
「オイオイそいつのカード『ことりちゃんとおしゃべり』出来るだけじゃねぇかギャハハハハハ!!!」
────正確には『持っているだけでカラスと意志疎通が可能になる』というハートのAのカードだ。
ゴミだ。カラスと喋れたから何になるのだ。
この能力を知られたときには『ハズレのカード』だと笑われた。ああ。ゴミ捨て場にたむろしてるアイツらは別に僕の危機を救ってくれるようなやつらじゃない。
何の縁もないし。僕だって使い魔を召喚したりカッコいい魔法のカードで害獣を追い払ったりしたかったし、意志疎通だって人に対して出来るカードが欲しかったし、作物の育成を早めるカードとかも欲しかった。
でも、僕が貰ったのはカラスとしか会話できないゴミカードだった。カラスだぞ。カラスって。頭が多少良いだけのそこらの害獣にも勝てない生き物じゃないか。
「ハイ、ブッブー。時間切れぇ!! 」
こんな危機も解決できないなんて────。
「────何の話をしてるのかなぁ??」
そこで、乱入者登場。春先だというのに半袖短パンという格好をした茶髪ポニテの女の子だ。片手には虫網、篭を持っているのを見るに虫取でもしようとしていたところでこの場を見かけたのだろう。
まるで男子のようだ。長い茶髪と顔立ちはそうでもないけれど。
「ゲッ、村長の娘かよ」
「げ? 何の話してたのか、私気になるなぁ??? なーんか、うちんちからぬすんでこいーって言ってるのが聞こえたような気がするんだけどなぁ」
さすがに村長の娘が登場した事で不味いと悟ったのか、ガキ大将は後退る。
「ま、私はなにも聞いてないけど、この子に何かするってならあること無いことパパに言っちゃうかもねー?」
「チッ、覚えてやがれクソアマがよ。行くぞ!!」
「二度とくんなよーっ?」
彼らは逃げるように村へと戻っていった。僕も彼女に気付かれないように、そろーりと森の方へ。
「こら」
「ぎゃ」
強引に襟首掴まれて止められた。年も三つほど上だからか、彼女の力は強い。く、苦し……。
「ま、まちなさいな。あのさ、ほら、怪我とかない?」
「…………」
「黙秘しようったってそうはいかないわ!! 黙ってるってことはアイツらに殴られたの!!? そうわね!!?」
「…………」
「返事してよ!!?」
「……」
「…………あれ? 気絶してない!!? あわわわわ!!!?」
────僕の意識が飛んでることに気付いた彼女はカードの能力を使って僕の意識を戻した。
村長の娘、アルカ。彼女は『凄まじい治療効果』のカードを保有しているらしく、僕はその効果で意識を回復させられたらしい。
その彼女はどうも怒ってるらしい。
「で、どこ行こうとしてたわけ?」
その問いに僕は馬鹿正直に『悪魔書庫です』とは言わない。だってみんな、あそこには行っちゃいけないよって言ってたから。
もう僕はあそこに何回も通っている。だから、迎え入れてくれるマギアさんはいい人だって僕はわかってる。悪魔書庫なんて言っても、そんな悪魔が出てくる訳じゃないのも分かってる。
だからどうしてみんなそう言うことを言うのかは僕にはわからなかったけれど、行ったことを知られるのは良くないというのは五歳の僕でもわかった。
「アルカさまといっしょだよ、森にはいっぱい虫が」
「こっち、悪魔書庫がある方だよね。この辺はみんな知っての通り、生き物がいないんだよね……で? 君はそこに虫取りに行く、って?」
「…………カラス探しに。なんか、その、なんとなく」
「へぇ、じゃあそれ、ついていって良いかな??」
「…………え。いやアルカさま、危ないよ」
「でも君より年上だよね? あと様つけなんかしないでアルカで良いよ」
「え。村長様の娘さんにも様つけしろってお父さんが」
「……はぁ」
大きな溜め息だった。それはとても嫌そうで、僕の言動が彼女の気に障ったのだとわかる。
「あのねぇ。パパはパパ。偉いのはパパだけど、私は全く偉くないの。わかる?」
いや村長の娘は偉いでしょ、と僕は内心反論した。
「わかった!!?」
「っ! ……はい」
「私の事はアルカって呼ぶ!」
「あ、アルカ……さん」
「アルカ!!」
「……さん付けくらい許してよ、僕はハズレなんだ。それすらなかったら僕が怒られちゃう」
「そんなの他の人に聞かれないようにすれば良いじゃない!」
そんな無茶な。
「とにかく、カラス探し。するんでしょ?」
「え」
カラス探しというのはアルカを追い払う方便で本当は書庫に居るマギアに会いに行こうと思ってたのだ。だけど、アルカはまるで当たり前のようについてこようとしているのを見て僕は慌てた。
「何よ。私がいたら不都合?」
「その、危ないよ?」
「私八歳。五歳の君が一人で森に入る方がどう考えても危ないけど」
「うぐ……わかった。一緒に来てもいいよ」
「……一緒に来て下さい、じゃないの??」
うわめんどくせえ。当時の僕もそう思っていた。
「一緒に、来て、下さい……」
「よろしいっ! そんじゃいこっか!! 君、名前は??」
「…………」
僕はアルカに背を向けて森へと足を踏み入れていく。
「えっ、無視!!? ちょ、え、そんなずかずか行くの!!?」
「……置いてくよ?」
「ま、待って待って行くから!!」
────だが、結局その日は森をふらふらしながら「カラスいないじゃん」「おかしいなぁ」などと言い合い、何故か取っ組み合いの喧嘩になったりもしたが、特になにもせずに家に帰った。
そうしてそれから何故かアルカに絡まれることが増えた。
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