カラスの足跡には道化師が転がっている
リョウゴ
第1話『出会い』
────赤い赤い夕焼けが射した、本がぎっしり詰まった棚の山。
僕は首を折れるほどに曲げて見上げた山の先に、天使を見た。
「やあ。珍しいね、こんなところに人が来るなんて」
天使────のような黒髪赤目の女の子は、僕と目が合うと、自分の背丈の四倍はあろうかという棚からひょいと飛び降りる。
「……えと、ここ、誰もいないって」
村の外れ、森の中の獣道を進んだ先。ここは大きくて立派で、それでいて人の気配がしない廃墟みたいな書庫────悪魔書庫、と村の皆は呼んでいた。
『そこには人を食らう悪魔がいる』。誰だったか、そんな噂を僕は聞いた。
不思議なことに悪魔書庫に近づけば近づくほどに他の生き物の気配はしなくなっていくのは幼いながら僕も感じていた。
だから、ここでなら本当に一人なれる。
当時五歳だった僕は、そう思って村から逃げるように雪の積もった獣道をなんども帰りたくなりながらも一人で進み、こんなおっかない場所に来て。
彼女と出会ったのだ。
「ふぅ、ん? じゃあひょっとしてボクの事、知らない?」
「…………っ」
僕はぶるぶると首を振る。背丈は彼女が頭一つ分ほど大きかったし、その上無表情で僕の顔を覗き込んできたのがどうも怖かったようだ。
村の皆は笑ったり怒ったりがよく顔に出てたから。そういう点でも、人間とは違う超常的な──それこそ、絵物語から出てきた天使か何かのようにボクには見えたのだ。
いや、見た目の美しさから天使だと語ったが、或いは人を取って食う悪魔かもしれないとも僕は思っていた。
そんな風に怯えているのが、彼女にはよく分かったのだろう。口許を不気味に歪めた。
……今ならそれが笑顔のつもりだったのは分かるが、当時はそれはそれは不気味なものに見えたのだ。
「へぇ、そっかあ。じゃあ、自己紹介だ」
「ボクの名前はマギア。この悪魔書庫の……そうだなぁ、『司書』……みたいなもの、かな?」
「キミは、どうして泣いているのかな?」
手が、伸ばされる。
僕はその手を恐る恐る、握った。
「……あったかい」
「そう言うキミの手はとても冷たいね……ああ、外は雪が積もってるんだったか」
外は、寒かった。晴れてたけど、雪が積もっていたから。冬だから。
それに、村の皆はハズレには厳しいから。
だから。この手がとても温かくて。
「生憎キミの事を今暖められる物はボクの手くらいしかないけれど、それで良いならゆっくり……って、どうして更に泣くんだい!!?」
「ひっ、ぐ、だっ、でぇ……!!」
「あーこらこら落ちつい、わぁあこれボクのお気に入りの服だぞそんな鼻水達磨の状態で近づい、や、まっ、待って抱き付いてこないでくれよぅ!!?」
そうは言うものの強く突き飛ばす事もせず、彼女は戸惑うだけだった。後々、このときの事を引き合いに出されてネチネチと詰められることはあるが、本気で怒っている様子はなく。
「ああ、もう……しょうがないな……」
────それが、情けない僕と強かな少女の出会いだった。
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