その二
『僕は女性を知りません。つまり未だに童貞です』佐藤君はコーラを半分、一飲みにし、意を決したような口調で言った。
『煙草も酒も駄目ですし、ギャンブルもしません。』
地方の公立大学を平凡な成績で卒業した後上京。現在の会社に入り、その後はずっと経理畑で過ごしてきた。
地方出身ということ、さらには付き合いが悪いという理由で、仕事が終わった後に誘われることもなく、当然友人も少ない。
趣味と言えば、古本屋巡り(神田の神保町辺りには暇があるとしょっちゅう出かける)をして、昔の映画雑誌を買い集めることと、後は最近やっと覚えたネットサーフィンをするくらいである。
勿論そんなくそ真面目な彼であっても男性であることに変わりはないのだから、あっちの方の欲求もある。
風俗もたった一度だけ利用したことがあったのだが、(デリヘルだったという)相手の女性に、
”あんた下手ね”
と馬鹿にされて以来、二度と足を運んでいない。
従って現在では、もっぱらレンタルDVDショップでアダルトものを借りてくるか、或いはそっち系専門の書店で本(エロ本の事だろう)を買ってくるかで、何とか収めている。
二次元の世界でなら、相手はこっちを軽蔑することもないだろうし、金だって特別かかるわけでもない。
しかしながらそれとても彼にはちょっとしたマニアックな好みがある。
”熟女好き”なのだ。
そうなってしまったのには色々原因があるのだが、一番の理由は中学時代、ひどいいじめに遭ったことだ。
直接やってきたのは男子だったのだが、彼に言わせれば、
『女子はもっと残酷でした』だという。
世にも恥ずかしいことを男子にされているのを遠巻きにしてみながら、からかったり
そんな理由もあって、かなり長い間、セーラー服を見るのさえ嫌な時期があったそうだ。
当然ながら、
ただ一つの救いは英語の臨時講師だった女性で、彼女だけは優しくしてくれたという。
いわば、その女性講師のお陰で何とか学校に踏みとどまることが出来、その結果が現在の性癖に繫がっていると、彼は臆面もなく述べた。
『だから、その後高校、大学に行っても、同世代の女性には全く興味がありませんでした』
佐藤弘はため息を吐き、一杯目のコーラの残りを全部飲み干し、
『済みませんがもう一杯頂けますか?』と遠慮がちに言った。
俺が二杯目を入れてやると、彼はそれを半分まで飲み、そして話を続けた。
彼がその『出会い系サイト』に出会ったのは、つい1年ほど前だという。
いつものアダルト雑誌専門の本屋に立ち寄り、一冊の男性誌(ポルノ専門ではない。ただの風俗情報誌だった)を買い、家に帰って頁を繰っていると、そのサイトの紹介が目に付いた。
何よりも『入会金無料』という言葉が目を引いたという。
よくある奴だ。
”入会はタダだが、その後はポイント制金はかかりますよ”というアレである。
彼も薄々は其の位承知はしていたが、ちょうど会社で口うるさい上司に仕事のことで散々嫌味を言われた後だったので、気がめいっていた矢先でもあり、ついついサイトを探して、入会してしまったのだ。
案の定だった。
確かに入会金は無料だったが、その他は全部P=ポイント制で、メールを一通送る=10ポイント。メールを受け取る=5ポイント。掲示板を見る=3ポイントという具合である。
甚だしきはメールの中に自分のアドレスや電話番号など、個人情報を書き込むには、前者が25ポイント。後者が30ポイントという高額なのだという。
(ちなみに内訳は1ポイントが100円、という設定になっている)
しかし弘には他に趣味らしい趣味もない。古本屋に行く時間を節約すれば、ポイントを買うぐらいの余裕はある。
そう思っていたのだが、好みの女性を掲示板から探してメールを送っても、必ずしも返事が返ってくるとは限らない。
こうしてポイントを買い、メールを無駄に送り続ける日々がほぼ2か月ぐらい続いた。
そんなある日、弘は掲示板で一人の女性に目を止めた。
名前を『かなえ(勿論これはハンドルネームのようなもので、本名ではない)』4といい、年齢は45歳、添付されていた写真は確かに年相応だったが、彼にとっては誰よりも美しく見えた。
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