新たな真実

音色のするその先に向かった。一人の女性がギターを弾いていた。

少し赤みがかかったショートヘアの目をパッチリとさせた可愛いらしい落ち着いた女性。リンクと同じ外国人のようだ。

「あら、私と同じ迷い人?」

彼女は視線を四人に向ける。由香里が近づき話しかける。

「初めまして、私、城田由香里と言います。フィアンセのリンクと不思議なこの町に迷いこんでしまいました。後にいるのがリンク、隣にいるのは、立花真心くんに、遠野辰之助くんです」

「私は、敦子よ。都内の小学校で教師をしているわ」

石橋敦子、由香里と同い年ぐらいだが母性が強い。まるで、何もかもを包み込んでくれる母親のようなオーラがした。

「敦子さん、あんたは、どうして、こんなところに?なぜ来たんだ?」

辰野助が尋ねる。

「私もわからないの、グラナダの街角に座っていたのに気が付けば、ここにいたの」

「外国の?」

「ええ」

敦子は、一人で旅行していたスペインで、グラナダにあるアルハンブラ宮殿を見学しに行こうとしていた時、疲れて路上のベンチに腰掛けていたら、太陽が異様に眩しく感じた。

気が付いたら、周りにあった屋台やカフェは無くなり、たくさんいた人が誰もいなくなったのだ。その後、このグラナダでない街を人がいないか調べたが誰にも出会えず、この最初の場所に戻って来たのだ。

「気持ちをリセットするためにギターを弾いていたら、貴方たちが現れたってわけ」

由香里はとことん自分たちの状況が理解出来なくなる。リンクと自分は都内、たつとまこは埼玉の秩父、なのに敦子はスペインのグラナダからここへ招かれた。しかも、全員が縁もゆかりもないのに、なぜ?

何より、自分たち以外がいないこの町の正体は何なのか、謎が深まるばかりだった。

ちなみに、敦子がグラナダにいたのは、五月のゴールデンウィーク真っ只中、七月から来たリンクと由香里、一月のお正月から来たまことたつ、季節もバラバラだからどうなっているのか、余計にわからなくなった。

そして、考えているうちに空が薄暗くなり、夜がやって来た。

周りの街灯が灯りだし、たくさんの時計塔や建物はサーチライトのように照らされ、テーマパークのようになった。だけど、明るい光の下にいるのは迷い人になった由香里、リンク、たつにまこ、敦子の五人しかいない。

異世界の夜は、月と星に照らされた明るく夢のような世界だった。しかし、そこから抜け出せない自分たちは明るさとは真逆で不安と恐怖があった。

いつまで、この世界が続くのか?

その上、ずっと何も口にしていないから空腹と渇きが襲う。

「そう言えば、朝から何も食べていないからお腹空いたな」

「まこ、今、どこかわからない世界にいるのに呑気なこと言うな」

「だって、たっちゃん、聖神社でお詣りしたら、秩父名物の焼き肉でしょう。長瀞周辺のお蕎麦屋さんとか行く予定だったから」

「たつとまこは、二人だけで旅行していたのか?」

リンクの問いにたつがニコリと笑って答える。

「ああ、まこが年明けにメルボルンである水泳の選手権に出場するから願掛けしにな」

「へへ、その前にケアンズで地獄の強化合宿があるけどね」

「へぇ」

まこは、競泳のオリンピック候補の選手だ。普段は都内にある小さなスイミングスクールで小学生の子供たちを教えている。ちなみに、辰之介とは中学校以来の付き合いだ。

「私もグラナダの有名バルに行きたかったな」

敦子は日本を発つ前にガイドブックに紹介されていた人気のスイーツやディナーのフルコースのお店に行こうと計画していた。

(パパ、リンク兄ちゃん、早く早く)

(マイク、急ぐなよ)

(急がなくても、お前の好きなアボカドチーズは無くなりゃしないよ)

(そうだね。リンク兄ちゃん、いよいよ日本に行くんだね。サムライの国へ、アニメやゲームの国へ)

(あぁ、日本でデビューして、すぐに有名になってやるぜ)

(よし、初のライブの時は、マイクとジェシーの三人で武道館でも、ビッグサイトでも観に行くぜ。特等席のチケット頼むぜ)

(ああ、任せておけよ)

リンクは、ロスに住んでいた時に兄や甥と食べに行ったバーガーショップを思い出していた。今頃、兄は、甥はどうしているだろうか、二人と義姉は自分が遠い日本で成り上がることを期待してくれているのに、

だが、その期待を裏切った自身を恥じた。

由香里はそっと彼に寄り添う。

それは自分も同じ思いをしているからだ。

両親や祖父母、年の離れた妹にも反対され、勘当同然に家を飛び出してリンクと始めたバンド、勤めていた大手の旅行代理店を退職したこと、何人も自分に好意を寄せてくれた高学歴なエリート男子や港区の西麻布や六本木、渋谷のイケメン男子などたくさんいた。結婚を考えてくれた人もいたが全て断った。

愛する家族も、将来の夢も捨てリンクと永遠に暮らしたい。それが彼女の願いだった。

「しかし、腹減ったな」

「ああ」

不安と空腹にその時、五人の鼻に何やら美味しい食事の匂いがした。

そのまま、匂いのする方に向かった。もしかしたら、飲食店があり、誰かいるかもしれない。この町のことについての情報が詳しくわかるかもしれないと思った。

匂いがしていた建物に向かった。

そこは広場の横にある赤い煉瓦造りの洋館で、中から灯りが漏れていた。

入口の近くに一人の女性が立っていた。

彼女は、由香里たちに気付き、恐る恐る声をかける。

「すいません」

「はい、あなた達は?」

彼女は黒い長髪をポニーテールにした可愛いいらしい女性だった。由香里と同じ

「俺達、この町に迷い込んだ者だ。あんたは住人か、それとも俺達と同じ迷い人か?」

「はい、私も一昨日からこの町に来ました。あ、私は蒲田恵美です」

恵美と言う女性は、一昨日の夜、スイスに向かうために成田に向かう途中、バスターミナルにいた。

すると一匹の茶トラの猫に甘えられて後を付いていくとこの町に来たらしいのだ。

「困ったわ。ベルンに住んでいる友達に会いに行く約束をしていたのに」

だが、謎が深まった。

由香里とリンク、真心、辰之介、恵美は日本国内、敦子はスペインのグラナダと場所も時間もバラバラだ。その上、これまで何も関係がなかった六人はなぜ、ここで出会ったのか、謎は深まるばかりだ。





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