孤独の始まり
「よし、来週のイベントは土曜日の夜に難波で、翌日は原宿ね」
カレンダーでチェックする由香里、向かいでサンドイッチを頬張るリンクがいた。
「一昨日の博多でしたライブもよかったけど、今度のライブで上手く行けば、俺たちもメジャーデビューだな」
「うん」
由香里とリンクは、小さなアパートの一室で暮らしている。ちなみにまだ、マイナーだが「ビートラヴァーズ」と言うバンドを組んで演奏している。
ボーカルは由香里、ベースはリンクで担当している。結成して三年経つが初めは路上からだった。由香里が就職していた都内の秋葉原にある会社でOLをしていたが、駅の近くで歌うリンクに一目惚れした由香里が何度もアタックし、交際までになったのだ。
「カラオケで由香里の歌を聞いてテストしたら、ビビっと来た。ミュージシャンの世界では昔から気の合う相手が見つかったら気持ちが“クロス”すると言うジンクスがあるんだ」
両手を合わせて、指先をクロスさせてロザリオのようにするリンク。
由香里は頬を赤める。
それは、まるで自分たちがこの世界で結ばれるために出逢ったような彼の言葉がプロポーズのように聞こえたからだ。
実家の両親や姉妹に、彼とバンドをするために会社を辞めることに反対されたが、慣れないバイトなどをして必死に彼を支えながら、ボイトレや楽器のレッスンを受けた。
時には二人で小さなパンを分け合い、空腹をしのいだこともあった。
「ようやく、去年からこうして、ライブハウスやイベントに呼んでもらえるようになったから、ある程度収入も入るようになったね」
「ああ、これも由香里が支えてくれたおかげだからだ。だから、ここまでこれたんだ。本当にありがとうな」
由香里は、リンクの横に座るなり、彼に抱きついた。
「リンク」
二人はそのまま、ベッドに入り横になった。
幸せの絶頂期とはまさにこの事だ。由香里もリンクも信じて疑わなかった。
「カリブから一人で日本に来た時は不安でいっぱいだった。だけど、由香里が、こんな何も知らない俺のために」
かつて、ロスでバンドを組んでいたが仲間の一人が彼の才能に嫉妬してトラブルになり、リンクは半ば追い出される形でロスを去った。しばらくカリブ海に近い海沿いの町に住む兄夫婦と甥っ子の元で静かに暮らしていた。
そんな時、仕事で日本に行ったことがある兄の勧めで、「少し違う国の風を感じたい」と決意して、単身来日した。
時には、暴言や唾を吐かれたこともあった。
「だけど、由香里が、秋葉原の一角で歌う俺を見つけてくれた。毎日、雨の日も風の日も歌う俺に優しく微笑んでくれた。だから、ここまで来られた」
「私の台詞だよ。リンクがいてくれたから…」
二人は、そのまま静かに眠りに付いた。
この先に自身たちに起こる不幸など考えもしなかった。
日曜日、竹下通りに近いライブハウス「エデン」
リンクと由香里は耳を疑い、何度もオーナーとスタッフに尋ねた。
「ラヴァーズのライブが出来ないって、どういうことだよ」
「そう言われてもな」
昨日、大阪のライブ後に都内に入った二人に待っていたのは歓迎の言葉ではなく。イベントのライブが出来ないと言うものだった。朝早くに会場に向かい、理由を問いただした。
するとオーナーは、困ったと言うより、厄介そうな顔をしてリンクと由香里に言い放つ。
「あんらたみたいな新規より、今、頭角を表しているチームのライブする方がうちも株が上がるんだよ」
二人の後ろにありイベントポスターに指を指す。
「ガールズスイーツ」と書かれたバンド。由香里はその言葉をみたら身体中に嫌悪感が走った。その時、聞きたくない人物の声が聞こえてきた。
「ビートのお二人じゃない。招待されていないのに、なんでここにいるの?」
「マカロンちゃん、いらっしゃい!!待っていたよ」
オーナーは、自分たちに見せないような笑顔で、リーダーらしい女子に声をかける。
「マカロン」
「BBAが、私の輝きを見て魅せれたの?残念だけど、サインも何もあげないわよ。転売されたら困るんもん」
マカロンに、シュークリン、キャンディーにベイクの女子四人のバンドはかつて由香里が「カリン」と言う名前でDJをしていた時にチームを組んでいた仲間だった。
だが、あるトラブルで由香里は追放された。
それまで、縁があったライブハウスやBarなどもリーダーのマカロンにより、由香里が単独でライブやイベントが出来ないように根回しされたのだ。
「さあ、用のないカップルは帰ってくれ、邪魔だよ。お客様たちをがっかりさせないでくれ」
オーナーの言葉を皮切りに、周りのマカロンやスタッフたちも「ブーブー」とブーイングを飛ばした。
リンクは暴れる寸前になりそうになる。
「テメーら」
リンクがオーナーやマカロンたちに掴みかかろうとする。
「暴れるな。警察呼ぶぞ」
スタッフが騒ぎに気付き、リンクを制止する。クソっとリンクは由香里の手を取りライブハウスを出ていく。由香里は目から大粒の涙を零していた。
(なんで、なんでこうなったの?)
悲しみと悔しさに悶える由香里、リンクは怒りが抑えきれなかったが、
この後追い打ちをかける悲劇が二人を襲う。
翌日、SNSやゴシップ雑誌にとんでもない記事が出回った。
“ビートラヴァーズがライブハウスで乱闘騒ぎ”
“オーナーやガールズスイーツに襲いかかる”
街中では真実を知らない群衆が口々に憶測で噂を言っていた。
「ショックだよな。俺、ユカリのファンだったのに」
「ガールズに嫉妬したのかしら、大人気ないわね」
「これって、裁判になるのか?フェスじゃなくて法廷なんて、洒落になんねよ」
「マカロンちゃんは怪我してないのかしら?心配だわ」
由香里とリンクは、そのまま街を歩くことも出来なかった。
公園のゴミ箱に、二人のスクラップブックや写真集が捨てられている。
CDがお店のコーナーから撤去される。ポスターや看板が撤去されたり、壊されていく。
それは、兵者どもが夢の跡と言うより、この世界は最初から二人の存在を否定するような形だった。
「…リンク」
「由香里…」
二人は生きる全てを奪われ、否定されたような気持ちだった。
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